採用に携わる一人として、正直に書いておく。私が履歴書一通に目を通す時間は、だいたい30秒もない。
その30秒でしていることは、分類である。肩書き、業界、会社の種類、直近の仕事。それを見て、この履歴書をどの山に置くかを決めている。
この「分類」について、最近ずっと考えている。きっかけは、ある英国人ジャーナリストの本だった。
1999年、ソニーは同じ展示会で二つのデジタル音楽プレーヤーを発表した。開発したのは別々の事業部で、記録形式に互換性はなかった。二年後、アップルが白い小さな箱を出し、その後の展開は多くの人が知るとおりだ。
この事例を取り上げたのはジリアン・テットである。文化人類学の博士で、中央アジアの村の結婚式を研究したのち、フィナンシャル・タイムズで米国版の編集長まで務めた人だ。彼女はソニーの件を、組織の「区切り方」の問題として読んでいる。各事業部はそれぞれ真剣に仕事をしていた。ただ、その区切り方のせいで、社内で互いに競い合う形になってしまった。
人類学には古くからの考え方がある。人は世界をどう分類するかによって、どう行動するかが決まる、というものだ。
組織図もひとつの分類だと思う。製品別、顧客別、機能別、地域別。どこで線を引くかで、どの情報が自然に流れ、どの情報が線と線のあいだに落ちるかが、かなりの程度決まってしまう。スイスの銀行UBSでは、サブプライム危機の際、リスク管理が部門ごとに分かれ、全体を見渡せる人がいなかった。逆の例がクリーブランド・クリニックで、診療科別の体制を臓器・疾患別のセンターに組み替え、循環器内科と心臓外科の医師を同じ組織に置いた。
線を引くのは誰か。多くの場合、創業者か、ある役員か、コンサルティング会社だ。それぞれ自分がよく知っている世界の切り方で線を引く。同じ「オペレーション」という職種名でも、物流とゲームと決済とでは、中身がまるで違うことが多い。
履歴書が届く前に、箱はもうできている。求人票はその箱の説明書にあたる。現場の部門が知りたいのは、たいてい一点だけで、この人をそのまま箱に入れられるかどうかだ。
以前、とても頭の切れる人に出会った。いくつもの職種を渡り歩き、どこでもきちんと成果を出していた。それでも書類選考がなかなか通らない。どの箱の担当者から見ても「うちが探している人とは少し違う」と映っていたのだと思う。
その人は、のちに一流のゲームプランナーになった。
振り返ると、渡り歩いた経験の一つひとつが、プランナーという仕事にそのまま活きている。ただ、書類選考のどの箱も、そういう組み合わせを想定して作られていなかった。誰かの判断ミスというより、箱の設計の問題だったと考えている。
同じ経験でも、「プロジェクトマネージャー」と書くか「導入責任者」と書くかで、置かれる山が変わる。一行目の肩書きが、その下を読んでもらえるかどうかをほぼ決めている。
だから応募の前に、相手の組織がどう線を引いているかを30分ほど調べる価値はある。他にどんな職種を募集しているか、チーム紹介、そのポジションの報告先。自分がどの箱に応募しているのかを知ってから、どの言葉で自分をその箱に入れるかを決めればいい。
私自身、最初の転職のとき、手元にあったのはソフトウェア開発と情報セキュリティの経歴だった。市場が示す箱ははっきりしていて、開発を続けるか、セキュリティに進むかのどちらかだった。ただ、私はソフトウェア開発があまり好きではなかった。
縁あって人事の仕事に就いた。続けてみて、これが自分の天職だと気づいた。
経歴どおりの箱に進んでいたら、それなりに務まってはいただろう。ただ、好きになれない場所に居続けていたと思う。
分類しにくい人は、書類選考では確かに不利で、数か月余計にかかることもある。一方でテットは、箱と箱のあいだを行き来できる人には、そのあいだにあるものが見えると指摘している。クリーブランド・クリニックのような組み替えにいちばん必要なのも、二つの診療科のあいだで通訳ができる人だろう。
箱をまたいできた人に伝えたいのは、読み手に翻訳を期待しないほうがいい、ということだ。30秒の中に、その余裕はない。まずはひとつの箱を選んで入る。入ったあとで、箱の外も見えていることを示せばいい。
採用する側として、ずっと迷っていることがある。分類しにくい人のために、別の入り口を用意すべきかどうか。用意すれば選考は遅くなり、判断の負担も増える。用意しなければ、いちばん面白い人たちが門の外に立ち続けるかもしれない。あのゲームプランナーのように。
あなたが今いる箱は、自分で選んだものだろうか。それとも、入れられたものだろうか。
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