先月、アウディF1の組織について書いた。最後に「二頭体制は人が抜けやすく、一人体制は人が潰れやすい」と書き、手元のサンプルはアウディと、私自身が台北で経験した一件の二つしかない、とも書いた。二つでは、さすがに傾向とは言えない。
この一か月、公開されている事例をできるだけ集めて読んだ。読み終えて、前回の見立ては半分しか残らなかった。
2022年のハーバード・ビジネス・レビューに、よく引用される研究がある。1996年から2020年まで、米国と世界の主要な株価指数に含まれる約2,200社を調べると、共同CEOを置いた企業は4%に満たない87社だった。その87社は、共同CEOの在任中に年平均9.5%の株主リターンを上げ、対応する指数の6.9%を上回っている。約6割が指数に勝った。在任期間はおよそ5年で、単独CEOとほとんど変わらない。
一方で、2011年の別の研究はもう少し慎重だ。共同CEO企業は株式市場での評価が高くなりやすいが、事業の業績がはっきり良いとまでは言えない、としている。
NetflixのGreg Petersは、データを見ると共同CEOの会社は同業より大きく負けるか大きく勝つかのどちらかで、真ん中に収まることは少ない、と話している。
私はこれを、二頭体制そのものに良し悪しはなく、増幅器のようなものだと受け取っている。条件がそろえば二人の力が足し算になり、そろわなければ二人の摩擦も足し算になる。問うべきは、その条件の中身だろう。
比較の材料としてわかりやすいのがSAPだ。何度も二頭体制を使ってきた。
1998年から2003年までは、創業者のPlattnerとKagermannが共同CEOを務めた。その後SnabeとMcDermottが4年間ともに率い、McDermottが単独CEOになった。Snabeの退任は10か月前に発表されており、引き継ぎは丁寧だった。
2019年10月、McDermottが突然ServiceNowへ移り、SAPはKleinとMorganの二人を共同CEOに据えた。半年後の2020年4月、Morganが退任し、Kleinが単独CEOになる。会社は、かつてない危機のなかで明確な舵取りが必要になったと説明した。
同じ会社、同じ会長、同じ仕組みで、前の二回は続き、三回目は半年で終わった。
目に留まったのは、前の二回が設計された体制だったのに対し、三回目は出来事に押されて生まれた体制だったことだ。McDermottが急に去り、取締役会はすぐに後任を立てなければならなかった。どちらの候補も手放したくないので、二人とも上げた。こうした体制には、最初から「ひとまずこれで」という空気がついて回る。コロナ禍が来て、取締役会は舵を一人に戻した。
危機のときに一人体制へ戻すこと自体を、私は失敗だとは思わない。ただ、多くの会社にとって二頭体制は平時の仕組みで、非常時には畳むものだということは読み取れる。二頭体制を設計するなら、「非常時に誰が畳み、誰に渡すか」は任命の日に決めておいたほうがいい。
Salesforceは二度試している。2018年にKeith Blockが共同CEOになり、2020年に退任した。2021年末に就任したBret Taylorは、1年余りで会社を去った。二度とも、去ったのはBenioffではない。
Benioffは「自分の会社」という意識が強く、権限を分け合う準備ができていなかった。共同CEOには優秀な人材を引き留める狙いもあった。そう指摘する論評もある。
似た構図は日本でもよく見かける。創業者の隣にプロ経営者を置き、共同代表や共同CEOの肩書きを渡す。形の上ではトップが二人だが、実際にはトップが一人と、トップの肩書きを持つナンバーツーである。
肩書きで人を引き留めることはできる。ただ、長くは続きにくい。肩書きはもらったが決める権限はない、と本人はすぐに気づく。肩書きで引き留めたくなるほどの人なら、ほかにも選択肢があるはずだ。
Netflixでは2023年にReed Hastingsが会長へ退き、Ted SarandosとGreg Petersの共同CEO体制になった。Sarandosがコンテンツ、マーケティング、広報を、Petersがプロダクト、技術、広告、オペレーションを見ている。
Hastingsは交代を発表した際、三人は立場を変えながら15年間一緒に仕事をし、成功も失敗もともにしてきたと書いている。
二人は普段それぞれの担当を持ち、大きな戦略判断は一体として決める。意見が分かれれば、Hastingsが助言する。Petersは、二人がこの形を前向きに受け入れているのか、我慢して付き合う妥協とみているのかが分かれ目だと語っている。
三社を並べると、成否を分けているものがいくつか見えてくる。
Fig.1四つの問いで、三社と私自身の経験を並べた。「—」は公開情報から読み取れないもの。
一緒に修羅場をくぐったことがあるか。Netflixは15年。SAPの三度目は、急ごしらえの組み合わせだった。
分担の線が、事業そのものの切れ目に沿っているか。コンテンツとプロダクト・技術は、Netflixの事業の自然な二つの半分で、判断の物差しもそれぞれにある。相手の承認を待つ場面は少ない。逆に「戦略と実行」「社内と社外」で分ける形は、あまりうまくいかないと感じている。実行には必ず戦略判断が含まれ、社外への約束は社内で果たさなければならない。二人は毎日、相手の領分に足を踏み入れることになる。
意見が割れたとき、誰に聞くか。Netflixには二人がともに納得する相手がいる。Salesforceでは、裁定する人がトップの一方だった。それはもう、二頭体制とは呼びにくい。
その体制は選ばれたのか、間に合わせなのか。人を引き留めるため、バランスを取るため、急場をしのぐために生まれた二頭体制は、始まった日から終わりを待たれている。
この物差しで、私が台北で組んだ「2 tops」を見直すと、ほとんど当てはまらない。
二人のHRは、入社前に互いに会っていなかった。分担の線もなかった。どちらも一人でチームを作れることを条件にしたのは冗長性のためだったが、冗長であるということは、二人が同じ仕事をしているということでもある。そして裁定役は私で、その私はやがて現場を離れた。
前回は原因を「境界をはっきりさせていなかったこと」にまとめた。今はそれが表面だったと思っている。私が現場にいた頃に境界がいらなかったのは、私自身が境界だったからだ。私がいなくなれば、境界も一緒になくなる。裁定役が現場を離れる人である限り、紙に書いた境界もそう長くは持たない。
私がいちばんよく目にする事実上の二頭体制は、中国系企業の日本法人における「本社からの駐在者」と「現地採用の責任者」の組み合わせだ。形式上はどちらかがどちらかに報告しているが、お金とプロダクトは駐在者の側に、顧客と採用は現地責任者の側にある。
多くの場合、この体制は設計というより必要に迫られて生まれる。日本市場を開拓できる人がほしい、けれどお金とプロダクトを全面的には預けきれない。そこで本社の人をもう一人送る。分担の線は事業ではなく、信頼の度合いで引かれている。
Fig.2日本法人によくある事実上の二頭体制。二人が半分ずつを持ち、裁定役は本社にいる。
かなり極端な例を見たことがある。駐在者は日本語ができず、現地採用の責任者は英語ができなかった。二人のトップが直接話せない。最終的に現地採用の責任者が辞め、日本の事業も立ち上がらなかった。極端ではあるが、問題が誰の目にも見える形で表に出た例でもある。一緒に修羅場をくぐった経験はなく、分担の線は信頼で、裁定役は遠い本社にいて、二人は議論すらできなかった。議論できない意見の違いは消えない。積もったまま、どちらかが去るまで残る。
こうした体制が崩れたときのコストは、見積もられているより大きいことが多い。去るのはたいてい現地側だ。日本の転職市場で選択肢があるからである。日本法人の責任者クラスを紹介会社経由で採り直すと、手数料率は一般的なポジションの年収3割を大きく上回る。探し始めてから入社まで、6か月から12か月はかかる。その間、取引先や販売パートナーとの関係も途切れ、信頼を一から作り直すことになる。この部分には請求書が来ないが、いちばん高くつく。
では、日本法人で二頭体制は使えないのか。私は使えると思っている。人の配置の手段としてではなく、設計された体制として扱うのであれば。駐在者がプロダクトのローカライズやサプライチェーンのような独立した領域を持ち、現地責任者が日本の売上と組織に全責任を持つ。二つの領域が互いの承認をほとんど必要としない。本社には、二人がともに認める具体的な裁定役がいる。できれば、どちらか一方の直属の上司ではない人がいい。そして、市場で大きな問題が起きたときに誰が畳み、誰に渡すかを先に決めておく。
これらがそろわないなら、一人体制にして、駐在者をはっきりしたナンバーツーに置くことを勧めている。肩書きは一段下がっても、互いを信じきれない二頭体制よりずっと動きやすい。
前回は、立ち上げ期は一人体制のほうが安定し、規模が大きくなったら分けることになる、と書いた。今はその半分だけを残している。NetflixもSAPの三度目も成熟した段階での二頭体制で、結果は正反対だった。段階は、主な分かれ目ではなさそうだ。
ただ、立ち上げ期には立ち上げ期の難しさがあって、まだ答えが出ていない。小さな会社では、二人がともに納得する裁定役は、ほとんどの場合オーナー本人だ。そしてオーナー本人も、たいてい二人のうちの一人になりたがる。裁定役と当事者が同じ人のとき、ここで挙げた物差しが成り立つのかどうか、判断できるだけの事例がまだない。
日本法人で二頭体制を試したことのある方がいれば、うまくいったかどうかにかかわらず、ぜひ話を聞かせてほしい。
参考資料
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