「慣れ」が強みでなくなる日

先日、転職の相談に来られた方がこんなことをおっしゃいました。「この数年、新しいことは特に学んでいません。ただ、仕事はどんどん慣れてきました」。
ご本人は軽い調子で言われたのですが、私は少し引っかかりました。
「慣れてきた」は、数年前までは間違いなく強みでした。今年に入ってから、その意味が変わりつつあるように感じています。
採用に携わる一人として、この一、二年で評価のされ方がどう動いたのか、できるだけ具体的に書いてみます。
経験が分解され、値段をつけ直されている
経験がある、と言うとき、私たちは実は三つのものをまとめて指しています。見てきた事例、身につけた型、状況に対する勘。三つが束になっていたので、年数がそのまま実力の目安になり、実力がそのまま金額になっていました。
この束が、ほどけはじめています。
見てきた事例の量では、モデルに敵いません。身につけた型は、書き出してしまえば文書とプロンプトになり、複製も配布もできる。新しく入った方の手元でも七、八割は再現されます。この二つの市場価格は下がる方向にあり、下がり方は多くの人が思っているより速い、というのが私の感触です。
三つめは、あまり下がっていません。どこで手を引くべきか、この数字がなぜ妙なのか、この件は値段の話に見えて実は面子の話ではないか。この部分はまだ人に宿っていて、当面は移せません。
厄介なのは、多くの方の十年のうち、三つめが占める割合がかなり小さいことです。
これはご本人の責任ではないと思っています。これまでの組織は「慣れ」を前提に設計されていました。安定した成果を出してほしい、余計なことは考えなくていい、その代わり習熟すれば昇給する。この交換は長いあいだ公正に機能してきました。ただ、買い手側の計算が変わりました。前の二つがより安く手に入るのなら、残るのは三つめだけで、そこを真剣に見分けはじめます。
今年、書類が通りにくいと感じている方へ。市場が冷えているとは限らず、物差しが替わっただけ、という可能性もあります。
判断力が高くなっているのは、モデルが頼りないからではない
判断力が大事だという説明として、モデルは間違える、だから人が確認しなければならない、という言い方をよく見かけます。この説明は年々怪しくなっていると感じます。誤りの率は下がり続けていますし、自分の価値を相手の欠点の上に置くのは、賭けとしてかなり危ういものです。
理由は別のところにあります。
一つのことをやる費用が下がると、やれることの数が一気に増えます。以前なら案を一本作るのに二週間かかりましたから、四半期で四本が上限で、つまり四半期に四回しか選ばなくてよかった。今は午後のうちに五本出てきます。作ることはもう詰まりどころではなく、どれを選ぶかが詰まりどころになりました。
ご自身に引き寄せると、価値の置きどころが「作れるかどうか」から「どれをやるべきか分かるかどうか」へ移った、ということになります。前者は習熟で届きますが、後者は届きません。
私自身の実感もここが一番はっきりしています。以前は時間の多くを作ることに使っていましたが、今は、どの方向をやらないかを決めることに使っています。後者のほうが疲れます。作るほうには手応えがありますが、方向を切るほうにはそれがなく、間違えてもその場では誰も気づかない。二四半期ほど経ってから、事業の数字が代わりに答えを出します。
面接する側の物差しが替わりました
これまで面接で最後に行き着くのは、何人を見てきたか、でした。十人なら課長、五十人なら部長。世界中どこでも通用した物差しで、組織の情報の流れ方と対になっていたからです。一人が扱える量には限りがあるので階層を作る。階層とは人数の関数でした。
この前提が外されつつあります。
代わりに測られはじめているのは、何人つけなくても、どれだけ大きな仕事を一人で引き受けられるか、です。
面接の場では、だいたいこんな聞かれ方になります。
- 同じ仕事を任せたとき、あなたと他の方とで、必要な人手が何人違うのか
- 出してきた成果のうち、ご自身で判断した部分はどこで、道具から受け取ってそのまま渡した部分はどこか
- あなたが三か月抜けたとして、その仕事は回り続けるのか
三つめが一番重く、そして答え方を間違えている方が多い。「引き継ぎは丁寧にやります」とおっしゃる。責任感を示したつもりなのだと思います。ただ聞いている側には、判断がすべてこの方の頭の中にある、採用すれば単一障害点が一つ増える、と聞こえてしまいます。
伝わりやすいのはこちらです。判断の根拠を書き残してあるので、自分が抜けても同じ基準で回ります。この一言のほうが、二十人見てきましたという実績より重く響きます。
なお、今お勤めの会社がまだ古い物差しで測っているとしても、慌てる必要はないと思っています。古い物差しはこの先も長く残ります。ただ、それが決めるのは今の等級で、三年後の価格を決めるのは新しいほうです。この二つは同時には動きません。
答えが出ていないところ
判断力に値段がつく、と書いてきました。ではその判断力は、どこから来るのか。
私の場合、失敗で貯めました。外した案、見誤った人、こじれた交渉。それを重ねて状況への勘ができました。どれも職歴の初期に、今から見れば初歩的で時間の無駄に見える仕事の中で起きています。
その仕事が、なくなりつつあります。
入って間もない方が、一週目から、かつて半年かかっていたものを出してきます。質も悪くない。ただ、その過程から何を得たのかは、正直よく分かりません。遠回りを飛ばせたぶん、遠回りと一緒くたになっていた成長も飛ばしているように見えます。
よく聞く対処法のどれにも、私はまだ納得できていません。訓練のために手作業をあえて残す、という話は筋は通っていますが、道具があると分かっている人に手で書かせれば、この会社はおかしいと思われるだけでしょう。早いうちから意思決定の場に同席させる、という方向のほうが私は賛成ですが、同席することと自分で責任を負うことのあいだには、まだかなりの距離があります。
もし今その段階にいらっしゃるなら、申し上げられることは一つだけで、あまり気の利いた話でもありません。自分が決めなければならない小さな仕事を、取りにいってください。設計を一つ決める、候補者を一人進めるかどうか決める、その程度の大きさで構いません。大きさではなく、誰かがあなたの答えを待っているかどうか、そして外したときに自分がかぶるかどうかです。ここは道具では代われませんし、短縮も効きません。
この件は引き続き見ています。三年五年して判断のいい若い方が揃って出てくるなら、私の取り越し苦労だったということになります。出てこなければ、どこかの時点で業界全体が、人手ではなく決められる人を欠くことになります。
では何をしておくか
先に、おすすめしないほうから。
AI関連の資格に大きな金額を使うのは、私はおすすめしません。道具は半年で入れ替わるので、資格の鮮度が受講料の回収より先に切れます。特定の道具の使い方を覚えることに力を注ぐのも、週末二日で片がつく話で、キャリアの計画に据えるほどのものではないと思います。
時間を使う価値があると感じているのは、二つです。どちらも楽ではありません。
一つめは、頭の中にあるものを書き出すこと。 私も半年以上やっていて、途切れ途切れで、まだ終わっていません。判断の根拠、自分の型、踏んだ落とし穴を、構造のある、機械が読める文章にしていく作業です。つらいのは、多くの判断は自分でも理由を説明できず、書いてはじめて勘だったと気づくところです。ただ、書き出したあとの効きかたは複利に近い。自分の持ちものが道具から呼び出せるようになると、作業をする人から、方法を持っている人に変わります。面接でもそのまま見せられるので、どんな自己評価の言葉より通じます。
二つめは、問いの立て方を鍛えること。 今、いい成果が返ってくる方と返ってこない方の差は、ほとんど問いの明瞭さにあります。曖昧に聞こえる能力ですが、鍛えられますし、文章を書く力とかなり重なります。私がこの二年、候補者の書いたものを以前より重く見るようになったのも同じ理由で、文章の上手さではなく、込み入ったことを整理して伝えられるかを見ています。ご自身でも、この基準で確かめられると思います。
この二つの他に、もう一つ、より重い判断があります。今のポジションに、ご自身が決めなければならない仕事が本当にあるかどうか、ということです。
ないのであれば、道具をいくら覚えても、肝心の部分は足踏みしたままです。そこまで見えたなら、場所を変えることも選択肢に入れてよいと思います。等級が横ばいでも、あるいは一段下がっても。簡単に言える話ではないのは承知しています。ご家族への説明もあれば、体面の問題もあります。それでも、今の変化の速さを思うと、判断を求められないポジションに三年とどまる損失は、一段下がる損失より大きいというのが私の見方です。一段下がるのは一度きりですが、場所を間違えているほうは積み上がっていきます。
冒頭の方の話に戻ります
その方には、技術スタックの新しい会社を探すのはいったん置いて、一つ答えてみてくださいとお伝えしました。この三年で、誰かに聞かれてはじめて答えが出せた仕事は何でしたか、と。
ずいぶん長く考えて、一つ挙げられました。一つだけでしたが、とても具体的で、そのときなぜそう判断したのかまで説明してくださった。それなら、そこから外へ広げていくのがいいと思います、と申し上げました。その方から移せないものは、そこにしかありません。
私自身の答えも、あまり格好のつくものではありません。二十年やってきて、分解してみると、移せない部分は思っていたより少なかった。愉快な結論ではありませんが、遅く知るよりはましで、まだ埋める時間は残っています。
もう一つ、答えの出ていない問いをここに置いておきます。一人の中で、判断力と習熟はどのくらいの比率になっていれば、この変化のなかで足場が固まったと言えるのか。職種によってかなり違う気はしていて、技術職と事業側では同じ数字にならないでしょう。もしご自身の答えをお持ちでしたら、ぜひ聞かせてください。
書類選考で人がどう「箱」に振り分けられるかは『分類は運命を決める 履歴書は「どの箱に入るか」の申請書である』に、採用市場全体の数字は「日本の労働市場レポート 2026」にまとめてある。
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