外資系企業が日本でいちばん困っていること

日本に拠点を作ろうとする海外の会社から、最初に来る質問はたいてい手続きのことだ。法人登記はどうするのか、どんな許認可が要るのか、銀行口座の開設にどれくらいかかるのか。
どれも面倒な話ではある。ただ、日本でいちばん難しいのはそこではない。難しい部分は、数字がはっきり示していて、しかも何年も前から同じことを言っている。
調査で上位に来るのは何か
JETROは毎年、日本にある外資系企業に、日本でのビジネス上の課題を聞いている。2025年度は1,423社が回答し、複数回答だった。
一位は為替変動リスクで52.1%。ここ数年の円の動きを思えば当然だろう。二位は言語・コミュニケーション上の障害で40.3%。三位は専門職や経営層、管理職の人材が採れないこと、38.4%。四位は少子高齢化による市場の縮小、38.2%。作業員や販売員、一般事務といった人材が採れないという回答も24.5%あった。
行政手続きの煩雑さは28.1%で九位。税務手続きは25.0%で十一位だった。
Fig.1JETRO 2025年度調査(n=1,423、複数回答)。人に関する項目が上位十二のうち三つ、手続きの二項目はどちらも後半。
「言語・コミュニケーション」「専門人材」「一般人材」の三つを合わせて見ると、上位十二項目のうち三つは人の問題である。手続きに関する二つは、どちらも後半にいる。
一年だけの偶然ではない。経済産業省はかつて毎年「外資系企業動向調査」を行っていて、2020年の調査(2,476社回答)では、日本で事業を進める上での阻害要因として、一位がビジネスコストの高さで75.1%、二位が人材確保の難しさで53.6%、行政手続きは五位の40.5%だった。この調査は2020年度を最後に終わり、JETROの調査が引き継いだが、結論は変わっていない。
この五年で変わったのは手続きのほうだ。JETROの2023年度調査では、およそ四社に一社が行政手続きは改善していると答え、それが二年続いた。人材の欄は、「悪化している」という回答がいちばん多い欄だった。
採れないのはどんな人か
2025年度の調査には、もう一組の数字がある。採用活動をしている企業のうち、およそ八割が必要な人材を確保できていない、あるいはできない見込みだと答えた。確保がいちばん難しい職種は営業で、六割を超える企業が挙げた。都市圏以外では、IT以外の技術系人材がいちばん不足している。
営業がいちばん難しいというのは、私の経験とも一致する。日本に来る外資系企業は、製品は本社のもの、技術も本社のもので、現地でゼロから育てなければならないのは営業組織だけということが多い。そして日本で営業をしてきた人は、名前を聞いたことのない海外の会社に対して、経営者が思うよりずっと多くの不安を抱えている。
営業が採れなければ、ほかのことは順番が回ってこない。登記が済み、オフィスを借りても、最初の売上は入ってこない。
それでも手続きに力が注がれるのはなぜか
手続きには答えがあるからだ。
法人設立には必要書類の一覧があり、何週間かかるかも決まっていて、コンサルティング会社や行政書士が見積もりを出してくれる。難しそうに見えて、実際には正解のある道である。
人には一覧がない。ある海外企業の日本進出を手伝ったとき、最初の質問はすべて手続きだった。手続きが半ばまで進んだところで、本当の問題が顔を出した。最初の一人を採りたい。だが、その一人がどんな人であるべきか、いくら払うべきか、どう面接するか、日本で誰も知らない会社にどうやって来てもらうか、面談で何をどう話すか。どれにも正解がなく、だからどれも、それまで考えられていなかった。
多くの経営者の対処は同じになる。先に片づけられるものを片づけ、人が採れないとわかってから慌てる。そのときには登記は終わり、オフィスの契約も済み、本社は第一四半期の数字を聞いてくる。
地図を先に、手続きはあとに
私のやり方は一言で言える。推測しない。
新しい市場に入るときは、まず市場の地図を描き、次に人材の地図を描き、そのうえで製品、営業、組織の順に組み立てる。手続きはこの三つのあとで、前ではない。
Fig.2日本に入る順番。誰がいて誰が来られるかを先に答え、製品・営業・組織を決め、手続きは最後に。
市場の地図が答えるのは、誰がそこにいるか。どんなプレーヤーがいて、どこが同じ顧客を奪い合い、どこが人材の供給源になり、どこが自社の参入を左右するか。ここを間違えると後がすべて狂うことは、「競合を間違えるのは、競合がいないより悪い」に書いた。
人材の地図が答えるのは、誰が来られるか。要件を掛け合わせたあと市場に何人残るか、企業を自社との距離で三つの輪に分けたとき各輪はどれくらい厚いか、採れないときどの要件を手放すか。ここで決まるのは採用だけではなく、組織の形、最初の一人、地方拠点を開くかどうかまで含まれる。詳しくは「人材マップは名簿ではない」に書いた。
二枚の地図が描けていれば、最初の一人が誰で、いくら払い、どう面接し、どう口説くかの答えは、あらかた紙の上にある。そのあとで手続きに取りかかれば、それは誰を採るべきか、誰が採れるかをわかっている会社の手続きになる。
順番を逆にすると、調査に出てくる八割の会社の姿になる。
まだ答えが出ていないこと
調査で二位だった「言語・コミュニケーション上の障害」は、言語の問題ではないと思うようになってきた。本社と日本法人の話が噛み合わないのは、多くの場合、背景と文化が違い、ものを見る粒度が違うからだ。本社は四半期と市場シェアを見ていて、法人はこの顧客、この人、この一週間を見ている。同じ言語で話していても合わない。これは地図では解けない。「トップが二人いる組織は、いつうまくいくのか」で一度ぶつかった問題で、まだ答えが出ていない。
皆さんの会社が日本に入ったとき、最初に本当に止まったのは、手続きだっただろうか。それとも人だっただろうか。
最初の一人を誰にするかは、日本法人の最初の一人は、営業でないほうがいいに書いた。
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