人材マップは名簿ではない。本当に答えている問いは何か

人材マップの依頼は、たいてい「この職種をできる人を市場から洗い出してほしい」という言葉で始まる。
そのたびに、少し水を差すことにしている。名簿は作れるが、名簿そのものにはあまり価値がない。何人いて、どの会社にいるかは、慣れた人なら二日もあれば並べられる。難しいのは別のところにあり、依頼する側がまだ考えていないことが多い。
人材マップが本当に答えている問いは、「このポジションが採れなかったとき、どの要件を手放すか」である。
なぜ採用はいつも途中で止まるのか
要件が足し算ではなく、掛け算だからだ。
要件を三つ書き、それぞれが市場の半分を落とすとする。残るのは八分の一。そこに語学を一つ、業界経験年数を一つ足すと、母集団には数人しか残らない。しかもその数人は、たいてい今の職場で満足している。
紙の上では筋が通って見える求人票でも、母集団はほとんど空ということが起きる。書き方が悪いのではなく、掛け算の性質だ。だからどの採用も一度は止まる。違いは、止まったときに手放す要件を先に決めてあるか、消耗の末になし崩しに決まるかにある。
Fig.1要件は掛け算で効く。三つで八分の一、さらに二つ足すと母集団には数人しか残らない。
なし崩しに手放した要件は、毎回違う。半年で三人採ると、三人は互いに比較できず、採用の責任者も誰を探していたのか説明できなくなる。
私自身、英語と日本語の両方を使うITプロジェクトマネージャーを、限られた予算で探したことがある。半年探して、母集団に残る数人は誰も動かなかった。最後に手放したのは「日本語がネイティブレベル」という一行で、会議と文書に困らなければよい、に変えた。それから一か月で入社が決まった。振り返ると、半年止めていたのは市場ではなく、その一行だった。
手放す順番はどう決めるのか
ポジションを独立した要件に分け、それぞれに二つのことを書き込む。入社後に身につくまでどれくらいかかるか、そしてその能力はいつか失効するか。
順番はそこから決まる。身につくのが早い要件から手放し、身につかない要件は守る。
正反対の性質を持つ要件が二種類あって、何度も同じ場面を見てきた。
一つは行動面の要件だ。毎日同じことを繰り返し、毎日断られる仕事、たとえば店舗への飛び込みや電話営業に必要な耐性は、あるかないかで、入社後に教えることができない。いちばん「柔らかく」見える要件が、実はいちばん硬い。ここを手放すと、ゆっくり育つのではなく、三か月以内の退職として表れる。
もう一つは、深い領域知識だ。業界の概念ではなく仕組みを理解するには、少なくとも十二から十八か月かかる。しかも社内に教えられる人がいることが前提になる。
その間に挟まっているのが、語学、学歴、経験年数である。この三つはいちばん目立ち、いちばん確認しやすいので、譲れないように見える。実際には、最初に手放すべきなのはたいていこの三つで、直感とちょうど逆になる。先ほどのプロジェクトマネージャーで手放したのも、この種類だった。
企業名簿をどう並べれば、取捨が見えるか
名簿を平らに並べても、どの要件が人を落としているかは見えない。私は対象領域からの距離で、企業を三つの輪に分けている。
第一の輪は、同じ課題、同じ仕事、同じ顧客。たいていは競合そのものだ。母集団はいちばん小さく、コストはいちばん高く、引き抜きの摩擦もいちばん大きい。
第二の輪は、違う商売で、同じ領域知識か、同じ行動特性を持つ人たち。川上と川下、隣接業界、そして「別の商品を、同じ顧客に、同じ日課で売っている」人。この輪は費用対効果がいちばん良いことが多く、同時にいちばん狭く定義されがちでもある。
第三の輪は、手放すと決めた要件は満たし、守ると決めた要件を欠く人たち。社内に教えられる人がいて初めて使える輪で、それがなければ育成のない採用になる。
Fig.2対象領域からの距離で三つの輪に分けると、取捨が見える。
行動面が中心の職種では、第二の輪は「どの業界か」ではなく「毎日何をしているか」で引く。飲料を売る訪問営業と決済端末を売る訪問営業は、同じ種類の店を回り、同じ種類の断られ方をしている。業界で輪を引くと、この人たちがまとめて抜け落ちる。
地方拠点で人が採れないのはなぜか
第一の輪の厚みが場所によって違うのに、拠点を開く前にそれを測っている会社が少ないからだ。
東京の第一の輪は厚く、どの供給源もある。地方都市では、同じ職種の第一の輪が空ということが普通に起きる。そのとき取れる道は二つで、外側の輪の人を長めの立ち上がり期間込みで受け入れるか、組織のほうを第一の輪がある場所へ寄せるかだ。これは人材の判断であり、拠点の場所を決める前にしておくべきで、開いて半年経って採れないと気づくものではない。
私はある会社で、地方拠点をいくつか開いた。いちばん空だった輪は、拠点長だった。同じ事業の経験があり、ゼロからチームを率いられる人は、地元の市場にいない。そこで順番を逆にした。先に拠点長を探さず、まず現場の担当者を現地で採り、人数が揃って業務が回り始めてから拠点長を探す。候補者から見えるのは白紙ではなく、人がいて仕事が動いている拠点になり、来てくれる人が増えた。
アウディがF1に参入するにあたり、技術拠点をドイツではなく英国に置いたのは、同じ論理の公開版だ。F1の人材の第一の輪は英国にあり、組織が人のほうへ動いた。「アウディF1の最初の一年」で書いたとおりである。
交わりが薄いときはどうするか
要件を分け、三つの輪を引き、企業と要件を重ねると、狙うべき集団が見える。守る要件をすべて持ち、手放す要件だけを欠く人たちだ。この交わりが探索の出発点になる。
交わりは薄いことが多い。薄いこと自体が一つの発見であって、失敗ではない。「もう少し探そう」の理由ではなく、判断の分かれ目として扱うべきものだ。
取れる手は限られていて、先に一つ選んでおくのがよい。いちばん近い人を採って欠けた能力を補う。手放す要件で採り、守る要件を社内で育てる。ポジションを二人に分け、要件を分担する。順に、立ち上がり期間の生産性低下、フル稼働までの時間の長さ、人員枠の一つ増加が代償になる。
三つ目は、見過ごされすぎている。希少性の問題を人員枠の問題に置き換える手で、後者のほうがたいてい解きやすい。難しさが個々の要件の希少さではなく、要件の組み合わせの希少さから来ているときは、とくにそうだ。
同じ人でも、組が違えば別の人になる
ここまでの話には、まだ触れていない層が一つある。
要件、輪、交わり。どれも分析の単位は個人だ。個人の単位では、「誰と誰を組ませれば勝てるか」には答えられない。新市場の立ち上げチーム、コンサルティングの案件チーム、創業の中核メンバーのように、小さなチームが仕事の単位になる場面では、それこそが唯一の問いになる。
すでに一緒に修羅場をくぐった組は、個々の能力が市場最高でなくても、より強い五人を寄せ集めた組より成果を出すことが多い。逆に、噛み合っていた組を解体すると、その価値はその瞬間に失われる。経験の深い一人が若い組に入れば、組全体を中位から上位に引き上げられる。同じ人が、すでに芯のある組に入っても、上積みはほとんどない。
だから人材マップの最後の層が答えるのは、「この人たちは誰か」ではなく「この人たちをどう置くか」である。面接で証拠を集めるときの考え方と同じで、見ているのは肩書きではなく、出来事と状況だ。
まだ答えが出ていないこと
この方法は、人は簡単には動かない、という前提に立っている。契約が短く、移籍が公然と行われ、移籍期間まで決まっているような流動性の高い市場では、人を見つけること自体は難しくない。引き抜きが市場の仕組みそのものだからだ。そこでは人材マップの価値は「誰を見つけるか」から「誰と誰を組ませれば勝てるか」へ丸ごと移る。日本の市場はまだそこから遠い。ただ、ずっと遠いままかどうかは、わからない。
最近いちばん採れなかったポジションで、最後に譲った要件は何だっただろうか。それは先に決めたものだったか、それとも追い込まれて決まったものだったか。
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