手元の内定に五段階判定をかける

内定の連絡をもらった夜は、たいてい判断が甘くなる。何度も面接を重ね、ようやく「ぜひ来てほしい」と言われたのだから無理もない。ただ、その数週間、会社の側は候補者を一つの物差しで測り続けていた。同じ物差しを、今度は手元の内定に当ててみてもいいと思う。
採用の現場で私が使っている人と役割の適合の見方は、「非常に合う・合う・普通・合わない・まったく合わない」の五段階で判定する。先に一票否決の項目を確かめ、それに当たらなければ、四つの層のうち最も弱い層で結論を決める。平均はとらない。これは会社が人を見るための道具として作ったものだが、向きを変えれば、候補者が内定を見るための道具にもなる。
なぜ内定にも五段階判定が使えるのか
判定の構造が、どちらの向きにも成り立つからだ。会社は「この人の核・行動様式・装備・状況は、この役割と合うか」を見る。候補者は「この役割の上司・仕事の中身・報酬の構造・会社のステージは、自分の四層と合うか」を見ればいい。
自分の側の四層は、転職前に自分を四層で描いておく話で書いた。内定の判定はその続きにあたる。自分の絵がないまま内定を眺めても、年収と社名しか目に入らない。
私自身、エンジニアから人事に移ったときの面接は、一つの問いだけを確かめるものだった。人事の経験がない人の今ある力で、この役割が回るのか。面接全体が、その確認に費やされていた。あのとき私の側には、同じくらい明確な問いがあっただろうか。いま振り返ると、そこまでは持っていなかったと思う。
最初に見るのは一票否決の項目
一票否決の項目とは、ほかがどれだけ良くても、それ一つで「まったく合わない」になる条件のことだ。候補者の側では、だいたい次のようなものになる。
一つは、自分の核にあるものを、この役割が構造的に与えられない場合。たとえば自分で決めることが核にある人が、意思決定がすべて海外本社にある日本法人の役職に就く。肩書がどれだけ立派でも、それは後から変わらない。
もう一つは上司の赤信号だ。面接で部下の話になると前任者を責める、こちらの質問に答えずに自分の話を続ける。こうした兆しは、入社後に薄まるより濃くなることのほうが多い。会社より上司を選ぶという話にも書いたとおり、日々の仕事の質は上司でかなり決まってしまう。
そして、受け入れられない転勤や配置転換の可能性。家族の事情で東京を離れられない人にとって、「全国の支社への異動あり」は、他の条件と相殺できる話ではない。
否決の項目は人によって違うし、多すぎてもいけない。三つも四つも並ぶようなら、それはもう否決というより希望の一覧だ。
四つの層は、面接で聞いたことから組み立てる
否決に当たらなければ、内定の側を四つの層に分けて、それぞれ五段階で置いてみる。材料は面接で聞いたこと、見たことだ。
上司とチームは、自分の行動様式と向き合う層だ。プレッシャーがかかったときに自分がどう動くかと、上司が何を求めるかが噛み合うか。面接官の誰が直属の上司になるのか、ここが曖昧なまま内定に進む例は意外に多い。
仕事の中身は、自分の装備と向き合う層だ。求人票の言葉より、面接で「入って最初の三か月で何をしてほしいか」と聞いたときの答えのほうが当てになる。答えが具体的なら、役割はある程度固まっている。
報酬の構造は、金額より形を見る。等級で決まる基本給、担う責任で決まる部分、成果で決まる賞与。それぞれの割合と、誰がどう決めるのか。自分の核がお金より成長や裁量に寄っている人ほど、ここを金額だけで見て後悔しやすいと感じている。
会社のステージは、自分の状況の層と向き合う。立ち上げ期か、拡大期か、守りに入った時期か。同じ肩書でも、ステージが違えば一年目にやることはまるで違う。
Fig.1一票否決に当たらない内定でも、四層のうち最も弱い層(ここでは報酬の構造)が判定を決める。三つの層が強くても、平均で「合う」とは読まない。
なぜ最も弱い層で決めるのか
入社後の不満は、いちばん弱いところから漏れてくるからだ。仕事が面白く、上司とも合い、会社も伸びている。それでも報酬の決まり方が不透明なら、二年目の評価面談のたびにそこへ戻ってくる。ほかの層の良さが一つの弱さを打ち消してくれることは、思っているより少ない。
これは不採用の理由を読む話と裏表になっている。会社が候補者を落とすときも、たいていは否決の項目か、最も弱い層のどちらかで決まっている。同じ論理で内定を見ると、浮かれた夜でも少し冷静になれる。
最も弱い層が「普通」なら、その内定は「普通」だ。それでも受ける理由はいくらでもある。大事なのは、「普通」だと分かったうえで受けることだと思う。
労働条件通知書を受け取ったら
判定の材料が足りない層は、署名の前に聞けばいい。内定後は、候補者が質問しやすい数少ない時期でもある。
まず、労働条件通知書(または雇用契約書)を署名前に受け取り、「就業場所」と「業務」の欄を見る。厚生労働省によると、2024年4月1日に改正労働基準法施行規則が施行され、すべての労働者について、労働契約を結ぶときに就業場所と業務の「変更の範囲」も明示することになった。厚生労働省の案内では、この「変更の範囲」を、雇入れ直後だけでなく将来の配置転換などの見込みも含めた、契約期間中に変わり得る範囲と説明している(同省の資料)。同じ時期から、求人の募集時にもこの範囲を示すことが求められている。2026年10月時点の情報だ。
「雇入れ直後:東京本社、変更の範囲:本社および全国の支社」と書いてあれば、転勤の可能性は紙の上で認められている。否決の項目に関わるなら、ここで聞く。実際にどのくらいの頻度で異動があるのか、本人の同意はどう扱われるのか。転勤を断れるかどうかの一般的な整理は転勤を断れるのかという記事に書いた。ここで書いているのは一般的な情報で、法的な助言ではない。個別の事情は労働基準監督署の総合労働相談コーナーや弁護士に相談してほしい。
次に、報酬の内訳。基本給、手当、賞与の決め方、固定残業代が含まれているかどうか。金額が同じでも、構造が違えば数年後の手取りの伸び方は変わる。
そして、上司ともう一度話す機会。面接は会社が候補者を見る場だったが、内定後なら候補者が上司を見る場にできる。前任者がどうなったのか、最初の半年で何を期待しているのか。答えの中身と同じくらい、答え方を見ておく。
ただ、候補者の側の判定は、会社の側よりずっと材料が少ない。会社は書類と数回の面接、場合によってはリファレンスまで使って候補者を見る。候補者の手元にあるのは、数時間の会話と求人票、労働条件通知書くらいだ。最も弱い層の見立てそのものが外れていることは十分ありうるし、いまの職場にとどまれない事情がある人には、「最も弱い層で決める」は厳しすぎるかもしれない。
判定は、それでもしておいたほうがいいと思っている。「普通」の内定を承知で受けるなら、どの層がいちばん弱いかはもう分かっている。入社した週に最初に手を打つ場所が、署名の前から決まっているということだ。
記事にするほどではない日々の気づきは、LinkedIn に書いています。LinkedIn をフォローする