佐藤伸明 Nobu Sato

残業は月13時間か、21時間か

残業は月13時間か、21時間か

「うちは残業が少ない。月に十数時間だ」。経営者からこう聞くことは多く、たいてい嘘ではない。厚生労働省の公式統計がそう言っている。2025年、一般労働者の所定外労働時間は月13.2時間。

ところが同じ年に正社員本人へ「先月の残業は何時間か」と聞くと、20.6時間と返ってくる。連合の調査では17.7時間で、三割近くが勤怠に入れていない「サービス残業」があると答え、その人たちの平均は月16.9時間だった。

同じことを測った三つの数字。この記事は、主張と事実が合わないときにまず何を見るか、という取り方の練習として書いている。見るのは、誰が報告したか、分母が誰か、だ。

三つの数字はどう作られているか

毎月勤労統計は、厚生労働省が全国三万余りの事業所に毎月送る調査で、事業所が勤怠システムの数字を記入する。2025年は就業形態計で9.8時間、パートを除いた一般労働者で13.2時間、パートは2.3時間。

パーソルキャリアのdodaは毎年、20〜59歳の正社員一万五千人に、本人の記憶で先月の残業時間を書いてもらう。2025年4〜6月の平均は20.6時間。

連合は2024年に正社員・契約・派遣の千人に聞き、平均17.7時間。「勤怠に入れていない残業はあるか」と重ねて聞くと、28.4%があると答え、その人たちは月16.9時間が記録されていなかった。

13.2h毎勤 2025事業所が報告・勤怠一般労働者(パート除く)20.6hdoda 2025本人が報告・記憶正社員 n=15,00017.7h連合 2024本人が報告・記憶正社員・契約・派遣 n=1,000+16.9時間が未記録(28.4%の人)

Fig.1三つの「月の残業時間」。違いは報告者(事業所か本人か)と分母(パートを含むか)。連合の16.9は、サービス残業がある人の平均未記録時間。

差はどこから来るか

まず分母。毎勤の9.8時間は、分母の三割がパートで、パートはほとんど残業しないため平均が下がる。パートを外すと13.2。dodaは正社員だけなので、並べて見てよいのは20.6と13.2だ。

次に報告者。13.2は事業所が勤怠システムから出した数字、20.6は本人が記憶から出した数字。私が日本の会社の中で見てきたことは単純で、多くの人が打刻してから仕事を続ける。勤怠は打刻までを記録し、本人は退社までを覚えている。連合の数字はそれを統計にしたものだ。三割の人が記録されない仕事をしていて、平均16.9時間。これを足し戻すと、13.2と20.6の溝はほぼ埋まる。

もう一つは定義。勤怠システムの残業は打刻後の時間だが、本人の言う残業には持ち帰りの仕事、朝三十分早く来る時間、昼休みの電話対応が入っているかもしれない。連合の調査はここも聞いている。制服への着替えが労働時間に入ると思う人は二割、入らないと思う人は三割強。朝礼や準備は、四分の一が入らないと答えた。

同じずれは、もっと大きな数字にもある。毎勤から出る週の労働時間は31.4時間(パート含む)、総務省が本人に聞く労働力調査では36.8時間。事業所の報告と本人の報告で、週に五時間違う。

毎月勤労統計(事業所報告)31.4労働力調査(本人報告)36.82022

Fig.2日本の週労働時間、2022年。毎勤は月間時間からの換算、労働力調査は本人への聞き取り。同じ国で週五時間違う。単位:時間/週。

どれかが間違っているのではない

三つとも事実で、答えている問いが違うだけだ。13.2は「会社が給与明細で払った残業はどれだけか」。20.6は「正社員が自分で余計に働いたと感じる時間はどれだけか」。16.9は「そのあいだの、誰も払っていない時間はどれだけか」。

退職代行の記事で同じ種類の話を書いた。利用率が調査によって2%から5割近くまで開くのは、分母と聞き方が違うからだ。残業時間も同じで、数字を見たらまず三つを確かめる。誰が報告したか、分母は誰か、どの時間帯を聞いているか。

ただ、この数字自体はそれほど重要ではない

ここまで書けば、本来は「本当の残業時間を突き止める方法」を書くべきところだ。私にはない。勤怠とPCのログを突き合わせ、退職面談で時間の話が出る頻度を数えても、わかるのは「打刻後も働いている人がいる」ことまでで、何時間かはわからず、何も変わらない。

それ以上に、組織を長く診てきて思うのは、残業時間は調べる価値の低い数字だということだ。月13時間か21時間か、その8時間の差が問題なのではない。問題は、月160時間余りで何が生まれているかだ。日本の職場の残業は、仕事が多いからというより、効率が低いから生まれている部分が大きい。会議が多く、決定が遅く、上司を待ち、返事を待ち、資料を五回直す。産出の低いチームの残業を21時間から13時間に減らしても、手に入るのはさらに産出の低いチームだ。

だから「うちは残業が少ない」と言われたとき、いまの私はその数字を確かめにいかない。別のことを聞く。このチームは、この一か月で何を作ったのか。

海外企業の日本法人にとっての意味

二つだけ書いておく。

一つ目。本社に日本法人の残業を報告するとき、どの数字かを明示する。毎勤の13時間を本国と比べると「日本は暇だ」と見られ、本人申告の20時間を出すと「公式統計と違う」と聞かれる。両方を出して差を説明するほうが、一つの数字より信用される。

二つ目。採用面接で候補者が「残業は多いですか」と聞くとき、頭にある基準は20時間のほうであって13時間ではない。「平均13時間です」と答えれば、候補者は自分の経験から七時間を足して聞いている。

まだ確信のないところ

毎勤は2019年に抽出方法の問題が見つかり、その後数字が訂正されている。長期の推移は慎重に扱う必要がある。本人申告の調査はどれもウェブ調査で、労働時間に敏感な人が答えやすく、20.6は高めに出ているかもしれない。本当の数字は13と21のあいだのどこかにあるが、どこかは知らないし、調べるつもりもない。

自社の残業の数字は、どちらの作り方だろうか。


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