組織と採用
新幹線の遅れは年平均1.4分。日本の顧客がSLAに求めるもの
日本の顧客がSLAに求めるものの出どころ
佐藤伸明約8分
外国のソフトウェア会社が日本で最初に戸惑うのは、価格交渉より障害のあとの対応だと思う。SLAどおりに返金を提示したのに、顧客の表情が晴れない。彼らが聞きたいのは、なぜ起きたのか、次はどう防ぐのか、である。この期待はどこから来るのか。一つの数字から説明できると私は思っている。東海道新幹線の1列車あたりの平均遅延は、2024年度で1.4分だった。台風も地震も含めて、である。
1.4分という数字は何を数えているのか
全部を数えている。JR東海が公表する「平均遅延時分」は、運行した列車1本あたりの平均の遅れで、自然災害等による遅延も含む。2024年度は1.4分。同じ年度に1日383本(臨時列車を含む)が走り、1日46万人を運んだ。開業した1964年から、乗車中の乗客が死傷した列車事故はゼロである。
年度ごとの数字を並べると、この指標が何を測っているかが見えてくる。2016年度は24秒。2018年度は0.9分。2019年度は0.2分。2022年度1.1分、2023年度1.6分、2024年度1.4分。台風や地震、大雨で長く止まった年は数字が跳ねる。平均遅延時分は、ダイヤの精度だけでなく、自然災害に遭った年にどれだけ早く戻せたかまで含めた数字だ。それでも1分台に収まっている。
感覚をつかむために計算してみる。1日383本に1.4分を掛けると、線路全体で1日あたり約540分、9時間ぶんの遅れになる。これを多いと見るか少ないと見るかは立場によるが、東京と新大阪のあいだは最速2時間21分だから、1本あたりで見れば所要時間の1%ほどだ。
台風も地震も含めて、新幹線1本あたりの遅れは年平均1分前後に収まる
東海道新幹線 運行1列車あたりの平均遅延時分(分、年度、自然災害等による遅延を含む)。JR東海アニュアルレポート各年版および同社サイト。公表資料で確認できた年度のみ
- 2016年度24秒
- 2018年度台風・地震の年0.9分
- 2019年度0.2分
- 2022年度1.1分
- 2023年度1.6分
- 2024年度1日383本・46万人1.4分
顧客が毎日乗っている物差しがこれだ。SLAの数字より、遅れたときに何をするかが見られている。
比較のために一つ。ドイツ鉄道は、到着が6分未満の遅れなら定時と数える。その基準で、2026年9月の長距離列車の運行上の定時率は52.4%だった。平均遅延1.4分という日本の数字と単位は違うが、乗客が毎日経験している水準の差は、この二つの数字でおおよそ伝わると思う。
日本の鉄道は遅れないのか
遅れる。ここは誤解されやすい。国土交通省が東京圏の45路線について調べた「遅延の見える化」(2018年度)では、5分以上の遅れで発行される遅延証明書を出した日数は、平日20日のうち平均11.7日だった。最多の東京メトロ千代田線は19.2日。ほぼ毎日である。10分未満の小さな遅れの原因でいちばん多いのは乗降時間の超過で、48.3%を占める。混んでいて、人が乗り降りするだけで遅れる。
では日本の鉄道の「正確さ」とは何なのか。私の理解では、遅れないことより、遅れが必ず測られ、告知され、記録に残ることだ。5分遅れれば証明書が出る。駅の表示に運転再開見込みが出る。会社に遅刻の理由を説明する紙がある。失敗がゼロの世界ではなく、失敗がすべて勘定される世界である。
遅れたときのルールは、遅れる前に書いてある
JR東海の旅客営業規則第289条には、急行列車(新幹線の特急列車を含む)が着駅に2時間以上遅れて到着したとき、急行料金(新幹線では特急料金)の全額を払い戻すと書いてある。条文に原因の区別はない。第290条の3は、この払い戻しを「その原因が当社の責に帰すべき事由によるものであるか否かにかかわらず」請求できると定め、同時に、それ以外の請求は一切できないとも定めている。台風で2時間遅れても全額戻る。1時間59分なら戻らない。それ以上の賠償もない。
欧州連合の鉄道旅客権利規則と並べると、性格の違いがよく見える。EUでは到着が60分以上遅れると運賃の25%、120分以上で50%が補償されるが、悪天候や大規模な自然災害など「異常な状況」が原因なら補償の義務はない。日本の規則は、割合を細かく刻まず、原因も問わず、その代わり上限がはっきりしている。どちらが乗客に有利かは場合によるが、日本の線は単純で、誰でも覚えている。2時間という線は乗客も駅員も知っている。遅れた日に窓口で交渉は起きない。線が先に引かれているからだ。
逆の例もある。2017年11月、つくばエクスプレスは南流山駅で列車が定刻より20秒早く発車したとして、お詫びを出した。苦情はなかったと報じられている。翌年にはJR西日本が、能登川駅で25秒早く発車した件で同じことをした。海外ではこれが「日本人は几帳面すぎる」という記事になった。私の読み方は少し違う。ダイヤという約束からのずれは、方向を問わず、公表して謝る対象だという運用である。彼らにとっては、ずれを説明しないことのほうが異常なのだ。
外国のSaaSが日本で求められる「安定」の量級
ここからが本題だ。日本の企業顧客は、SaaSの可用性を評価するとき、競合製品と比べているとは限らない。毎日乗っている電車と比べている。意識してそうしているわけではないが、「止まらないもの」の基準値がそこで作られている。
だから、稼働率99.9%という数字そのものは、あまり差別化にならない。差が出るのは、止まったあとの三つの動きだ。止まった事実と再開見込みをすぐに告知すること。原因を説明すること。再発防止策を文書で出すこと。日本の顧客が障害報告書を求めるのは、形式のためというより、鉄道で育った「失敗はすべて勘定される」という感覚のためだと私は思っている。返金は規則にあれば受け取るが、それで納得するわけではない。
具体的に言うと、障害の夜に出す一通目には、駅の電光掲示板と同じものが入っていればいい。何が起きているか、どの範囲に影響しているか、いまの暫定対応、再開の見込み、次に知らせる時刻。原因はまだ書かなくていい。分からないことを分からないと書くほうが、沈黙より信用される。そして数日後の報告書には、時系列、原因、暫定対応と恒久対応、再発防止策を書く。日本の大企業の情報システム部門は、この形式の文書を自社のベンダーから何十通も受け取ってきている。形式が揃っていないと、内容の前に不安を持たれる。
ここで本社とよく食い違うのが、原因の開示だ。本国の法務が「原因を書くと責任を認めることになる」と止めることがある。日本の顧客にとっては逆で、原因の書かれていない報告書は、まだ分かっていないか、隠しているかのどちらかに読める。鉄道会社が「車両点検のため」「線路内に人が立ち入ったため」と、遅れの理由を必ず放送するのを、彼らは毎日聞いている。
製品を売る前に修理拠点を作っておく話を、規模を語る前に、修理拠点を開くに書いた。SaaSの場合、その修理拠点にあたるのは障害対応のプロセスと、日本語で原因を説明できる人である。百年企業が最も多い国で、新規参入者はなぜ顧客を動かせないのかの根も、たぶん同じところにある。長く続いている相手は、止まったときにどうするかを、すでに何度も見せてきた。
これは私の観察で、数字で裏づけたものではない。中小企業や新興企業の顧客は、もっとおおらかなことも多い。ただ、大きな日本企業を相手にするなら、障害の夜に出す一通目のメールの文面を、契約書より先に用意しておいたほうがいいと感じている。
もう一度、1.4分に戻る。この数字の裏には、台風の夜に線路を点検し、翌朝の始発を動かした何千人かの判断がある。日本の顧客が外国の製品に向ける目は、たぶんそれに近い。障害の夜に誰が何を決め、翌朝どう説明したか。SLAの表には、その欄がない。
出典(2026年10月時点)
- JR東海「アニュアルレポート2025」東海道新幹線(2024年度実績:平均遅延時分1.4分、1日383本、46万人)
- JR東海 サステナビリティ「東海道新幹線~不断のサービスの充実~」(開業以来の乗客死傷事故ゼロ)
- JR Central "About the Tokaido Shinkansen"(2023年度 1.6分)
- JR Central Annual Report 2023(2022年度 1.1分)
- JR東海「アニュアルレポート2020」(2019年度 0.2分)
- JR東海「アニュアルレポート2019」(2018年度 0.9分)
- nippon.com「東海道新幹線の平均遅延時間は24秒」(2018年、JR東海アニュアルレポート2017の2016年度実績による)
- JR東海「旅客営業規則」第289条(急行列車の運行不能・遅延等の場合の取扱方)
- 国土交通省「東京圏の鉄道路線の遅延『見える化』(平成30年度)」(2020年2月10日)
- 乗りものニュース「数十秒早く発車で鉄道会社が『大げさ』に謝罪するワケ」(つくばエクスプレス2017年、JR西日本2018年の早発)
- Deutsche Bahn "Pünktlichkeitswerte"(2026年9月 長距離 運行定時率52.4%、6分未満を定時とする定義)
- JR東海 採用サイト「新幹線鉄道事業」(東京〜新大阪 最速2時間21分)
- European Union, Your Europe "Rail passenger rights"(遅延60分以上で25%、120分以上で50%、異常な状況の免責。規則(EU) 2021/782)