佐藤伸明 Nobu Sato

兵馬俑の指紋79個:名前の刻まれない働き手

兵馬俑の指紋79個から推定した作り手の構成を示す横棒グラフ。成人男性45%、成人女性33%、15歳未満22%

兵馬俑の衣の裾には、作り手の名前が押されているものがある。「宮」や「咸陽」に続く人名だ。ところが同じ像の頭や腕には、名前のない指紋も残っている。2026年10月に発表された研究は、その指紋79個から、成人男性が約45%、成人女性が約33%、15歳未満の子どもが約22%という推定を出した。

名前が残った人と、手の跡が残った人は、どうやら同じ集団ではない。この数字をどこまで信じてよいのか、そして組織の評価に置き換えると何が見えるのかを書いておきたい。

79個の指紋から推定できること

数えたのは指紋であり、働いた人の数は数えていない。まずここを押さえておく。

研究は Xiaoxi Li ほか(秦始皇帝陵博物院)による「Who produced Emperor Qin Shihuang's Terracotta Army, China? A Bayesian mixture model approach to fingerprint age and sex determination」で、学術誌 Journal of Cultural Heritage に2026年10月13日付で掲載された。種類としては、遺物に残った指紋を計測し、統計モデルで集団の構成を推定する観察研究である。論文本文は出版社サイトで開けなかったため、以下は ScienceAlert(2026年10月17日)、South China Morning Post(同10月21日)、Ancient Origins の報道を突き合わせた内容だ。

対象は1号坑の T23 という一区画にある36体。記録された指紋は91個で、同じ人が複数残したとみられる12個を除き、79個を分析した。内訳は粘土表面の押し跡が73個、鎧の鋲や帯など型どりの部分に残ったものが6個。測ったのは「平均隆線幅」、つまり指紋の線と線の間隔である。この間隔は成長とともに広がり、骨格が成熟すると止まり、成人では男性がやや広い。研究チームは1個ずつ「この指紋は女性」と判定したわけではない。79個をまとめて、ベイズ混合モデルで「どんな構成の集団ならこの分布になるか」を推定した。粘土の乾燥と焼成による縮み、集団による指の大きさの差も補正している。

結果は成人男性45%、成人女性32.7%、15歳未満22.3%。報道では33%と22%に丸められていることが多い。

指紋79個から推定した作り手の構成(ベイズ混合モデル) 成人男性 45.0% 成人女性 32.7% 15歳未満 22.3% 分母:指紋79個/像36体/1号坑の一区画(T23)のみ。推定総数は約8,000体 これは指紋の割合で、人数の割合ではない。成人女性と思春期の男子は隆線幅で区別しにくい

Fig.1兵馬俑36体に残る指紋79個のうち、成人男性のものと推定されたのは45%で、残る55%は成人女性と15歳未満の子どもと推定された(Xiaoxi Li ほか、Journal of Cultural Heritage、2026年。数値は ScienceAlert ほかの報道による)。

なぜ「作り手の半分以上が女性と子ども」と読めないのか

指紋の残り方に偏りがあり、しかも推定そのものに幅があるからだ。研究チーム自身も、女性と子どもの役割を大きく見積もっている可能性を認めている。

一つ目は、残る人と残らない人がいることだ。熟練の職人は道具を使い、触った跡をならして消していたと考えられている。慣れない人ほど跡が残る。同じ人の指紋を除く処理をしても、一人が何個も残した分を完全に取り除けるとは限らない。79個のうち22%が子どもの指紋だったとしても、作業者の22%が子どもだったことにはならない。

二つ目は、測り方の限界だ。隆線幅による推定法を整理した Burchill・Sanders・Morgan の論文(2023年、MethodsX)は、成人女性と思春期男子の期待値は「本質的に区別できない」と書いている。混合モデルはその重なりを不確かさとして扱う工夫だが、重なりが消えるわけではない。さらに比較に使った基準データは現代ヨーロッパの集団のもので、2200年前の秦の人々に当てはまる保証はない。

三つ目は分母だ。発掘済みの像は2,000体余り(Smithsonian Magazine、2020年)、全体は7,000〜8,000体ほどと推定されている(同誌、ブリタニカ百科事典)。今回はそのうち一区画の36体である。

それでも言えることはある。「成人男性の熟練工だけで作った」という長年の前提は、少なくともこの区画では物証と合わない。秦の竹簡には工房の見習い制度や、女性と子どもが官営工房で働いた記録がある。文字の記録に、初めて手の跡が重なった。言えるのはそこまでだと私は読んでいる。

名前は、功績を示すために刻まれたのか

もともとは責任を問うためのものだった。「物勒工名、以考其誠」という言葉が『礼記』月令などに残っている。作った者の名を器物に刻み、品質に問題があれば誰の仕事かをたどれるようにする仕組みで、秦の法がこれを制度にした。

兵馬俑の名前についても研究がある。Xiuzhen Li、Andrew Bevan らが2016年に Journal of Anthropological Archaeology に発表した論文によると、「宮」の印に続く人名は10人分で55体に、「咸陽」に関わる刻銘の人名は18人分で49体に見られる。宮の職人は衣の裾に印を押し、咸陽の職人は背中や腕の下に刻んでいた。著者らは、名前の残った職人一人ひとりが、腕の劣る数人の協働者をまとめていた可能性を指摘している。

指紋の研究と重ねると、構図がはっきりする。像に残った名前は、責任を負う職人のものだった。粘土を押し、鋲を付けた手の多くは、どこにも名前がない。

評価の欄が「責任者」の欄と同じになっていないか

ここからは私の飛躍である。2200年前の工房と今の会社は違う。子どもの労働を、新人やインターンになぞらえるつもりもない。それでも、仕組みの形は似ていると感じる。

一つの成果物に責任者の名前を一つ置くこと自体は正しい。人を増やすほど一人あたりの力が抜けていく話はリンゲルマン効果の記事に書いたが、モジュールごとに担当を一人に決めることは、今でも組織設計の基本だと思っている。問題は、評価がその責任者の欄だけを読むときに起きる。

しかも兵馬俑の指紋は、偏りが二方向にあることも教えてくれる。慣れない人の手は跡が残りやすい。熟練者の手は跡をならす。会社でも、チャットの発言やチケットの件数のように見える活動は若手ほど多く残り、他人の仕事を直す、事故を未然に止めるといった熟練者の仕事は記録に残りにくい。名前で数えても、跡で数えても、実際に誰が手を動かしたかとはずれる。組織図に載らない人がどう効いているかは組織図に載らない人の記事で扱ったが、評価の場面でも同じことが起きる。

採用の面接でも似た場面に出会う。営業戦略責任者の候補者で、手がけた施策を数多く挙げるのに、具体的な一件を聞くたびに話が止まる人がいた。名前はたくさんの成果物に付いているのに、本人の指紋が見えてこない。私が具体例を聞き続けるのは、その指紋を探すためだ。

マネジャーとして手を打つなら、責任者の名前はそのまま残し、成果物ごとに「誰が何に触ったか」を別の記録として持つことだと思う。評価の面談で責任者に「この仕事に、ほかに誰の手が入っているか」を一度聞くだけでも、見える範囲は変わる。転職を考えている人は、職務経歴書に担当プロジェクトの名前を並べる前に、自分の手が入った工程を一つ具体的に書けるか確かめておくとよい。

指紋の研究は、区画を広げて数を増やせば数字が動く可能性がある。研究チームもより多くの像と、より適した基準データが必要だと述べている。22%という数字そのものより、名前と手の跡を別々に数えてみたという手つきのほうを、私は覚えておきたい。

データ出典


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