BYDは日本のためだけに一台の車を作った

2023年1月、BYDは横浜に日本一号店を開いた。売ったのはグローバルモデルのATTO 3、ドルフィン、シール。三年半後、日本法人の社長は累計登録がまもなく一万台に届くと語った。一万台。年間四百万台を超える日本の新車市場の中では、正直に言って小さな数字だ。
2026年7月28日、BYDはラッコという車を発売した。日本でしか売らず、日本のためだけに作った。全長3395、全幅1475、全高1800。軽自動車の規格の上限に収まる。二週間後、受注は1002台に達した。日本法人の設立以来、最速のペースだったという。
何を変えたのか
軽自動車は日本にしかないカテゴリーで、税も保険も安く、新車販売の四割前後を占める。これまで外国メーカーがこのカテゴリーに入ったことはなかった。軽の規格は日本でしか意味がない。そのためだけに一台を開発するという案は、どのグローバル製品計画の表にもまず載らない。BYDは約二年半かけて、それをやった。社長は発表会で、日本専用に完全新規開発したと語っている。
価格は214万5千円から249万7千円。入門グレードは国のCEV補助金15万円を引けば200万円を切る。競合の日産サクラの補助金は58万円で、この差は次の記事で扱う。この記事で見たいのは、製品が合ったあとに何が起きたか、という一点だけだ。
日本専用の軽を出すと、買い手の64.3%は誰からも奪っていない客だった
ラッコ発売二週間の受注1,002台、購入形態別の割合。BYD Auto Japan 公表(2026-08-10)
- 増車家にもう一台37.5%
- 新規購入これまで車なし26.8%
- 買い替え参考:受注客の55.4%は自宅に充電環境あり35.7%
どの日本メーカーの顧客名簿にもなかった層
製品が合えば、販売の仕事は説得から受注に変わる。新規参入者が取れるのは、まだ囲い込まれていない客だ。
買い手の六割四分は、誰からも奪っていない
日本法人は最初の二週間の受注の内訳を公表した。新規購入、つまりこれまで車を持たず、これが一台目という人が26.8%。増車、家にすでに車があり、もう一台足す人が37.5%。買い替えが35.7%。前の二つを足すと64.3%になる。この人たちは、どこかのブランドから奪ってきた客とは違う。もともと、どの日本メーカーの顧客名簿にも載っていなかった人たちだ。
これは老舗の国の記事で書いたことの裏側にあたる。日本は顧客の囲い込みが深い市場で、買い替える人の多くは元のブランドと元の営業担当者のところへ戻る。新規参入者にとって現実的な客層は、まだ囲い込まれていない人たち、初めて車を買う人と、二台目を足す家庭だ。そしてこの二つの層が求めるものは具体的である。安く、小さく、停めやすく、電気代が少ない。グローバルモデルでは渡せなかったものが、軽なら渡せる。
もう一つ、気になる数字がある。受注客の55.4%は、自宅に充電環境を持っていた。初期の買い手は、広告に説得された人というより、すでに準備のできていた人たちだったのだろう。製品が合うと、最初にやって来るのは、もともと待っていた人たちだ。
三年売れなかった原因は、たぶん販売ではない
2023年から2026年、BYDが日本でやったことは、日本に入る多くの中国企業と同じだ。ディーラーを探し、店を開き、広告を打ち、値を下げる。累計一万台という結果を、本社は「日本市場は難しい」か「販売が弱い」のせいにしやすい。どちらも間違いとまでは言えない。ただ、私はもっと手前に原因があったと見ている。製品が、別の市場のために設計されていたことだ。日本の買い手は、それを一目で見抜く。
私は市場に入る順序を「製品が先、販売が次、組織はその後」と呼んでいる。製品が合っていないとき、販売チームがどれだけ強くても、坂の上へ石を押し上げ続けるのと変わらない。製品が合えば、販売の仕事は「説得」から「受注」に変わる。販路や組織の議論はそこから始めれば、使うお金はちゃんと効く場所に落ちる。BYDの日本での話に当てはめると、最初の三年が石を押していた時間で、四年目に製品を替え、最初の一週間で差が見えた、ということになる。
受注を販売台数と混同しない
一千台は受注で、納車はこれからだ。2026年の目標は受注一万台で、日産サクラは2025年に一万四千台を納車している。日本のメーカーが数十年かけて耕してきたカテゴリーで、ラッコが定着するかどうか。いま結論を出すのは早すぎる。私が気にしているのは、この二週間が示した一点だけだ。日本では、この市場のためだけに製品を一つ作ることが、ちゃんと計算の合う話になりうる。
自社が日本で売っているのは、グローバル版か、この市場向けに直した版か。前者なら、三年で一万台という数字は、他人事とは言いにくい。
記事にするほどではない日々の気づきは、LinkedIn に書いています。LinkedIn をフォローする