佐藤伸明 Nobu Sato

BYDの小さな店:日本で販売網を作るもう一つの計算

BYDの小さな店:販売網を作るもう一つの計算

2022年に日本進出を発表したとき、BYDは2025年末までに100店舗という目標を掲げた。2024年4月時点では51拠点で、22のディーラーが運営していた。2025年11月に68。2026年9月の公式発表では77で、内訳は営業中59、開業準備中18だ。100拠点の目標は2026年末へ、さらに2027年末へと延びた。

悪い数字ではないと思う。ただ、ここから分かることが一つある。日本でちゃんとした自動車のショールームを一つ開くには、外から想像するよりずっと時間がかかる。そこで2026年の初め、BYDは店の形そのものを変えてきた。

極小店舗

日本経済新聞は1月の記事で、これを「極小店舗」と呼んだ。展示は一、二車種だけで、コンビニの跡地のような空き物件を使い、準備期間はおよそ半分になる。狙うのは人口50万人未満の地方都市だ。7月28日にラッコが発売されて、この店が何のためにあるのかがはっきりした。軽自動車を買う人は、地方や郊外に住んでいて、家にもう一台足そうとしている家庭が多い。そういう人が、一台の車を見るために一時間かけて県庁所在地の大きなショールームまで出かけるかというと、まず出かけない(私でも行かないと思う)。

7月31日に開いた東京杉並店は55番目の正式ショールームで、五人体制で始まった。整備工場は300メートル先に、二か月後に開く。

一店舗五人。これが従来型ショールームでの日本法人の基本の構成で、極小店舗はもっと軽い構成になる。

従来型の店では100店に届かず、BYDは店の形のほうを変えた

BYDの日本の販売拠点数と100店目標の推移(2022〜2026年)。日本経済新聞、MotorFan、BYD Auto Japan 店舗一覧

  1. 2022.8日本進出を発表目標は2025年末に100店
  2. 2024.451拠点22のディーラーが運営
  3. 2025.1168拠点100店の目標は2026年末へ
  4. 2026.1極小店舗一、二車種、コンビニ跡地、準備はおよそ半分、人口50万人未満の地方都市
  5. 2026.7ラッコ発売杉並店は55番目の正式ショールーム、五人体制
  6. 2026.977拠点営業中59+開業準備中18。100店は2027年末へ

目標は二度延びたが、店は増え続けた。完全な型は少数、極小の型を客の住む場所に数多く置く。

図1 BYDの日本の販売拠点は2024年4月の51から2025年11月に68、2026年9月に77(営業中59、準備中18)と増えたが、100店の目標は2025年末から2027年末まで二度延び、その間の2026年初めに一、二車種だけを置く極小店舗に切り替えた。

代理店の型と比べる

代理店が自社製品を売らない理由で書いたのは、別の道のほうだ。製品を既存の代理店に預けて、その営業と顧客を借りる。BYDはこの道を選ばなかった。取ったのは「自社のブランド、現地のディーラー」という型で、看板はBYD、運営するのは明治産業や、メルセデスの輸入販売から始まったヤナセのような日本の自動車販売会社である。

この道は遅い。一店ごとに、投資する気のある現地ディーラーを探し、交渉し、建てて、研修して、ようやく開く。その代わり、代理店の型では手に入らないものが二つある。一つは営業の頭の中の順番だ。店には自社の車しかなく、営業も自社の車しか売らないから、自社の製品はその人の頭の中で十番目に埋もれず、一番目にいる。もう一つは整備の体制が自社のものになることで、これは補助金の壁の記事で書いた採点項目にあたる。

極小店舗は、この遅い道を少しでも速く進むための工夫だと私は見ている。「自社のブランド」という原則は変えずに、一拠点あたりの投資と準備期間をぎりぎりまで抑え、数で面を取る。214万円の軽自動車なら、それだけを置いた小さな店のほうが、五車種を並べた大きなショールームより似合う。

順序は、技術者が先、ショールームが後

店舗数より大事だと思う細部が一つある。BYDと明治産業の協業は、高電圧バッテリーを扱える整備技術者の研修から始まった。明治産業が全国で五指に入る販売ディーラーになったのは、そのあとだ。まず直せる人がいて、それから売る店を開く。日本では、この順番がとくに効くと感じている。日本の消費者が車を買う前に最初に気にするのは、家電と同じで、何かあったとき誰が面倒を見てくれるのか、だからだ。規模を語る前に修理拠点を開くはシャオミの話だが、理屈は同じである。

借りられることと、借りられないこと

まず、借りられるほう。販売拠点を、客層に合わせて二つの型に分けるという考え方だ。一つは完全な型で、整備があって車種も揃い、人の多い場所に少数を置く。もう一つは極小の型で、いちばん合う一、二製品だけを、客の住む場所に数多く置く。投資は一桁違い、準備期間は倍違う。日本に入る会社の多くは一つ目の型しか持っておらず、三年で五店しか開けない、ということになりやすい。

次に、借りられないほう。現地ディーラーが投資する気になったのは、BYDに三年半と累計一万台の実績ができてからだ。日本に入ったばかりで実績のないブランドには、自費で店を開いてくれるディーラーはまず見つからない。そうなると極小店舗も自前の資金で開くことになる。

だから順番がある。まず少数の直営店で製品が売れることを見せ、次にディーラーの話をし、極小店舗はそのあとだ。三段目に一足飛びで行こうとすると、たいてい一段目でつまずく。階段の話としては当たり前だが、事業計画の上ではよく忘れられる。

100店舗の目標は二度延びた。それでも、延びるたびに店舗数は確かに増えていた。日本では、数字が予定どおりに届くことより、こちらのほうがよく起きるし、実態にも近いと思う。


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