本社がシステムで日本チームを遠隔監視する前に

本社と東京のあいだには時差があり、言語の壁もあって、本社は日本チームが日々何をしているかを実際には見ていない。二年目、本社はシステムを入れると決めた。勤務時間の記録、画面のアクティビティ、CRMでの操作履歴、顧客との通話時間。理由は「可視性が必要だから」だった。日本の責任者は反対せず、社員も反対しなかった。半年後、データは山ほどあり、業績は変わらず、いちばん優秀な営業が一人辞めた。
なぜ業績は変わらなかったのか。本社に本当に足りなかったのは何だったのか。この記事では、その二つを考えてみたい。
監視と業績に相関はない
2022年、ラヴィッドらが電子的な業績監視に関する研究を統合したメタ分析を発表した。対象は二万三千人超。結論は拍子抜けするほど簡潔で、監視の強さと業績のあいだに相関は見られなかった。短期的な向上を観察した研究はあるが、組織心理学者のケーニヒの説明では、人は見られている最初の数週間は少し良く振る舞い、やがて慣れて元の水準に戻る。元に戻らないものもある。ストレスの上昇、自律性とプライバシーの感覚の低下、そして回避行動だ。数分おきにキーを二度叩いてアクティビティ指標を整える、といった類のものである(人間の創意工夫は、こういうところで一番発揮される)。
2026年8月のKnowable Magazineの総説がこの分野の研究を整理している。そこで触れられる2020年の研究では、電子的に監視されたトラック運転手は運転時間の規則をよく守ったが、事故の確率は高かった。一つの指標を見れば、人はその指標を最適化し、代償は別の場所に現れる。総説はもう一つ、多くの会社が道具を買って数テラバイトのデータを溜めたものの、使い道が分からずにいることも指摘している。
Fig.1見られ始めた最初の数週間は業績がわずかに上がり、やがて元に戻る。ストレスと回避行動は上がったまま下がらない。
研究者が監視を「有用」と認める条件は三つある。目的が明確であること、人がデータを解釈すること、相互の信頼の上に立っていること。日本チームを遠隔で監視しようとする本社は、どれも満たしていないことが多い。
本社に本当に欠けているもの
本社が「可視性が必要だ」と言うとき、その裏にある問題はたいてい二つで、どちらも監視では解決しない。
一つは、各役割が何を出すべきかを知らないこと。日本法人の営業に明確な産出の定義があれば、たとえば四半期あたりの有効訪問数、提案数、次の段階に進んだ顧客数があれば、本社は画面のアクティビティを見る必要がない。産出を見れば足りる。システムを入れたくなる衝動は、多くの場合、産出が定義されていないので過程を見るしかない、というところから来る。人より先に役割を採点するで書いた話は、ここでは監視の代わりになる。
もう一つは、信頼が足りないことだ。原因はたいてい、人の選び方を誤ったか、関係がまだ築けていないかのどちらかである。人を誤ったなら、監視は早く気づかせてくれるが、代償として正しく選んだ人も見られる。冒頭の優秀な営業が辞めたのも、おそらくそこだと思う。関係が築かれていないなら、監視はそれをさらに築きにくくする。言葉にしなくても、「あなたを信じていない」と伝えてしまうからだ。アレンの研究によると、五十メートル離れた人はほとんど話さない。本社と東京のあいだは九千キロある。この距離は、もともと別のもので埋めるしかない。監視で埋まる距離とは思えない。
日本の事情
日本の法律は、業務用の機器を合理的な範囲で監視することを雇用主に認めている。判例の基準は「社会通念上相当」で、目的の正当性、手段の相当性、事前の周知が見られる。個人情報保護法は利用目的の明示を求める。実務では、個人情報保護委員会の指針が、監視の目的、責任者、規則を就業規則か内規に書いて社員に周知することを勧めている。これらを満たせば、監視そのものは合法だ。
ただ、合法であることと、効くことは別の話だ。日本の職場では、信頼を前提にして細かくは監督しない、というのが昔からの型だと感じている。上司は過程を見ず、報連相、つまり社員からの報告・連絡・相談に頼る。そこへ本社が監視システムを入れると、その意味は他国より大きく響く。本社は日本チームを見張る必要があると考えている、と受け取られる。日本の社員は抗議しない。システムが求めることをやり、システムが求めることだけをやる。「データは山ほど、業績は変わらず」はここから来る。
可視性がほしいなら
まず産出を定義する。役割ごとに、紙に書き、本社と日本の責任者が署名する。可視性の出どころは、本当はここにある。費用はほぼゼロだ。
次に、産出を見て、過程を見ない。四半期に一度、定義した産出に照らして確認し、差の大きい役割だけ過程を見る。それも、その人と一緒に見る。監視は全員に向くもので、診断は一人に向くものだ。後者のほうがはるかに安く、他の人を傷つけない。
それでもシステムを入れるなら、先に次の問いに答える。このデータはどんな決定に使うのか。誰が毎週見るのか。社員はその存在と用途を知っているか。どれかに答えられなければ入れないほうがいい。数テラバイトの誰も見ないデータと、いちばん優秀な営業を失ったチームが残るだけだ。
本社の不安そのものは本物だと思う。見えないのは、確かに居心地が悪い。ただ、その居心地の悪さへの答えは、定期的に東京へ行くこと、日本の責任者を定期的に本社へ呼ぶこと、産出をはっきり書くことだ。システムより少し高く、システムよりはるかに効く。動機は設計で決まる。監視が設計してしまう動機は「見つからないようにする」で、残念ながら、この動機は物を売ってくれない。
記事にするほどではない日々の気づきは、LinkedIn に書いています。LinkedIn をフォローする