佐藤伸明 Nobu Sato

給料で不満は消せるが、満足は生まれない

給料で不満は消せるが、満足は生まれない

連載「人は組織図どおりには動かない」 · 第11回/全13回 · 第三部 · 人はなぜ動くのか
序章:組織図に載っていない人

ある社員が退職を申し出た。会社は三割の昇給を提示し、本人は残った。半年後、また退職を申し出た。今度は何をしても残らない。会社の結論は「もともと辞めたかったのだ」。ハーズバーグは1959年にこれを説明している。昇給は不満を消したが、残る理由を何も与えなかった。

別々の二組

心理学者フレデリック・ハーズバーグは1959年、二百人のエンジニアと会計士に、仕事に特に満足したときと、特に不満だったときを尋ねた。わかったのは、二つの問いの答えが同じ要因の両端ではなく、別々の二組だということだった。

不満を生むものを、彼は衛生要因と呼んだ。会社の方針、管理のやり方、給与、人間関係、労働条件。これらが足りないと人は不満になるが、足りたからといって満足にはならず、不満でなくなるだけだ。満足を生むものを、動機づけ要因と呼んだ。達成、承認、仕事そのもの、責任、成長。人を取り組ませるのは、こちらだ。

異論は書いておかなければならない。ハーズバーグの方法は六十年間批判されてきた。面接では、人は良いことを自分の手柄(達成)にし、悪いことを環境(給与、方針)のせいにする傾向があり、これが二組の要因を人工的に作り出す、というものだ。その後の追試の結果はまちまちで、給与が動機づけ要因に現れる研究もある。私はこれを法則ではなく、役に立つ経験的な分類として使っている。損失を止めるだけのものと、利益を生むものがあり、多くの会社は前者に金を使って後者の効果を期待している。

衛生要因· 給与· 会社の方針・管理· オフィス・通勤· 人間関係足りない → 不満;足りる → 不満でなくなる動機づけ要因· 達成· 承認· 仕事そのもの・責任· 成長ある → 取り組む;ない → 取り組まない

Fig.1二組の要因は別々の軸を動く。人を留める予算の多くは左に使われ、右の効果を期待している。

なぜ昇給で人は残らないのか

冒頭の社員が最初に退職を申し出たとき、不満は本物だった。給与が市場より低かった。昇給はこの不満を消した。だが、なぜ市場の給与を調べたのか。仕事の中に取り組ませるものがなく、金を計算し始めたからだ。昇給が解決したのは計算の結果の数字で、なぜ計算を始めたかは解決していない。

日本法人でこの種のことが特に多いのには、二つ理由がある。一つは、本社が動かせる手段がたいてい金しかないことだ。達成、承認、責任は日本法人が自分で設計する必要があり、本社は法人の設計を信用しない。もう一つは、日本の社員は衛生要因への耐性が高く、表に出さず、問題が見えるのが退職を申し出たその瞬間になりがちなことだ。そのとき会社がすぐにできるのは昇給しかない。五割の昇給でも辞めたの記事に書いたのが、この過程だ。

設計上の結論:衛生要因は線まで、予算は動機づけ要因へ

提案は二段階になる。

一段目。衛生要因を「もう問題ではない」線まで整え、そこで止める。給与は市場の中央値付近、オフィスは清潔で通勤しやすく、制度は明確で朝令暮改しない。この線より上に金を積んでも、消すべき不満がもうないので、限界的な効果は低い。

二段目。浮いた予算と注意を動機づけ要因に向ける。それも口頭の称賛ではなく、構造に向ける。達成には目に見える成果物が要り、それが責任モジュールだ。全員が名前を指せる一塊の仕事を持つ。承認には正式な仕組みが要り、上司の機嫌のよいときの一言ではない。四半期ごとの公開の振り返り、昇格基準に「何を成し遂げたか」を明記する。成長には階段が要り、前回書いた。

日本の文脈で一つ補う。衛生要因の「線」がどこにあるかを、日本の社員は教えてくれない。通勤、オフィス、制度への不満を長く我慢し、一度に清算する。だから衛生要因は自分から調べる必要があり、反応を待ってはいけない。

方法論への接続

私の報酬の三軌道で、等級が決める基本給は衛生要因に当たる。金のせいで不満にさせないためのものだ。結果が決める賞与の軌道は、厳密には市場価格であって、ハーズバーグの動機づけ要因ではない。本当の動機づけ要因は報酬制度の中にはなく、職位の設計の中にある。だから私は会社の人を留める力を見るとき、先に職位がどう定義されているかを見て、そのあとで給与表を見る。

自社が最後に人を引き留めようとしたとき、やったのは不満を消すことだったか、残る理由を与えることだったか。

連載
前回:やる気は、組織の形で決まる
次回:人より先に、職位を採点する


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