佐藤伸明 Nobu Sato

「スーパーチキン」実験を論文の数字で読み直す

Muir 1996の群選抜で、多羽ケージの年間死亡率が第2世代68%から第6世代8.8%に下がったことを示す棒グラフ

鶏を9羽ずつ同じケージに入れ、くちばしを切らずに1年飼うと、年間の死亡率は68%に達した。米パデュー大学の William M. Muir が1996年に学術誌 Poultry Science に発表した論文で、第2世代の数字として報告されている。同じ系統を「ケージ全体の成績」で選び続けた第6世代では、これが8.8%まで下がった。

組織論では「スーパーチキン実験」の名で知られる話だ。マーガレット・ヘファーナン氏の TED トーク(TEDWomen 2015)では、卵をよく産む個体ばかりを集めた群れが、6世代後には3羽しか残らなかったと紹介されている。採用や評価の研修で引用されるのもよく見る。ところが元の論文を開くと、その「スーパーチキンの群れ」はどこにも出てこない。

Muir の実験は、何と何を比べたのか

比べたのは「群れの成績で選び続けた系統」と「何も選ばなかった系統」である。個体の成績で選んだ系統は、この論文には登場しない。

実験は1982年に始まった。白色レグホンの合成系統を使い、同じ雄から生まれた姉妹を一つのケージで飼う。そのケージ全体の成績を見て、家系ごとに残すか落とすかを決める。遺伝学で群選抜と呼ばれるやり方だ。ケージは第1〜2世代が9羽、第3世代以降が12羽。第2世代からはくちばしの先を切る処置(ビークトリミング)もしていないので、つつき合いによるけがや死亡がそのまま数字に出る。

選抜の基準は世代ごとに変わっている。第2世代は生存日数だけ、第3・4世代は生存日数と産卵率を同じ重みで足した指数、第5世代は入舎鶏あたりの産卵数、という具合だ。対照は、選抜しなかった同じくらいの規模の系統を1羽ずつのケージで飼ったもの。一つの施設で一つの系統を選び続けた、動物の育種実験である。

Muir 自身も論文の中で、本来なら「1羽飼いにして個体の成績で選んだ系統」も並べたかったが、施設の都合でできなかったと書いている。「最も産む鶏を集めると殺し合う」という命題は、少なくともこの論文では検証されていない。

68%から8.8%へ。分母を確かめる

年間死亡率は第2世代の68%から第6世代の8.8%に下がり、第6世代の対照(9.1%)とほぼ並んだ。ここで見落としやすいのは、対照の9.1%が1羽飼いの数字だという点だ。12羽の群れで暮らす選抜系統が、ひとりで暮らす鶏と同じくらい生き残るようになった。この比較の意味はそこにある。

産卵の数字にも分母の違いがある。入舎鶏あたりの産卵数は91個から237個へ、約2.6倍になった。これは最初にケージに入れた羽数で割った値なので、途中で死んだ鶏も分母に残る。生き残る鶏が増えれば、それだけで大きく伸びる数字だ。生きている鶏の1日あたり産卵率で見ると52%から68%で、こちらのほうが「1羽の働き」に近い。卵1個の重さは変わっていない。生存の改善は大半が第3世代までに起き、その後も産卵率は1世代あたり約4%ずつ伸びたと報告されている。

年間死亡率(Muir 1996)選抜系統は多羽ケージ、対照は1羽飼い68%第2世代選抜系統8.8%第6世代選抜系統9.1%対照1羽飼い17〜44週齢の補充羽数(Craig & Muir 1996)各系統576羽、12羽ケージ287羽市販系統X128羽対照C46羽選抜系統S

Fig.1群れの成績で選んだ系統は、多羽ケージでの年間死亡率が第2世代の68%から第6世代の8.8%に下がり、1羽飼いの対照(9.1%)並みになった(Muir 1996)。第7世代を12羽ケージで比べると、17〜44週齢の補充羽数は市販系統287羽、対照128羽、選抜系統46羽だった(Craig & Muir 1996)。いずれも Poultry Science 掲載。

なぜ死ななくなったのか

群れの中で傷つけ合う回数が減ったから、というのが同じ研究グループの姉妹論文の見立てである。

J. V. Craig と Muir が同じ1996年に Poultry Science に発表した論文は、第7世代の選抜系統(S)、その元になった未選抜の対照(C)、通常は生産者がくちばしを切って飼う市販の高産卵系統(X)を、各576羽ずつ12羽ケージに入れて比べた。論文の要旨によれば、群れの羽数を保つため17〜44週齢の間に補充した羽数は、Xが287羽、Cが128羽、Sが46羽。SはXの約6分の1で済んだ。つつきによる死が出たケージのうち損失が繰り返されたケージは、XがSの2倍あった。Sは羽の状態もよかった。

ただしXは遺伝的な出自が別の系統なので、この6分の1は「選び方の違い」だけで生まれた差とは言えない。選び方の効果を純粋に近い形で見るなら、同じ出自のCとの比較(128羽対46羽)のほうだ。

同じグループの行動の論文(Craig & Muir 1996)も面白い。群れの中でSの雌が見せる攻撃行動はCより少なく、CもXより少なかった。一方、雄を1対1で対戦させると、Sの雄はCの雄より攻撃的で、系統間の対戦では優位に立った。群れで選ばれた鶏は、単におとなしくなったわけでもないらしい。

人のチームに持ち込むなら、どこまで言えるか

ここから先は私の読みで、論文が言っていることとは別だ。人は選抜で遺伝子を残すわけでもなければ、ケージに閉じ込められてもいない。鶏の育種実験から組織について言えることは多くない。

それでも一つ、持ち帰れる構造はあると考えている。個体の成績だけを見ている限り、周りの成績を下げる個体は見分けられない、ということだ。Muir は後の論文(Muir 2005, Genetics)で、この「他の個体に及ぼす効果」を育種価の計算に組み込む方法を示している。

日本法人の採用でよくあるのは、有名企業で実績を上げた「エース」を一人ずつ集める組み方だ。職務経歴書の数字はどれも立派で、面接の受け答えもうまい。ところが入社後、同じ顧客を取り合ったり、情報を手元に抱えたりして、チームの数字が足し算にならない。本人の数字だけ見れば成果は出ているので、評価の場で問題として上がりにくい。これは個人の人柄より評価の仕組みの問題で、誰か一人のせいにして片づけると、次の採用でも同じことが起きる。

以前、営業戦略の責任者候補を面接したことがある。やってきた施策は次々に出てくるのに、具体的な一件を尋ねると話が止まった。看板の大きい職歴ほど、本人の寄与とチームや会社の寄与が分けにくい。人を見る前に、まず役割を採点するという順番を勧めているのも、この見分けにくさがあるからだ。

評価にチーム単位の数字を一本入れる

評価を設計するなら、個人の数字の横に、チーム単位の数字を少なくとも一本置いたほうがいいと私は考えている。チーム全体の売上や継続率を賞与の一部に乗せる。新しく入った同僚の立ち上がりに誰がどれだけ関わったかを、上司の所感でもいいので記録に残す。周りへの効果は、こうしないと評価表に一行も載らない。

逆に、全部をチームの数字にすると、今度は一人ひとりの手が緩む。綱引きで人数を増やすと一人あたりの力が落ちる話で書いたとおりで、モジュールごとの責任者は一人に決めておく必要がある。個人とチーム、両方の数字を並べるのが現実的な落としどころだと思う。

採用の段階でも、周りへの効果を少しは拾える。私はリファレンスで「また一緒に働きたいか」を聞くようにしている。ただ日本では、この答えは建前になりやすい。全員が褒めていた候補者が、入社後に実行力で大きく足りなかったこともある。答えそのものより、言い淀んだ箇所や具体例の有無を見るほうが役に立つ。

鶏の群選抜は、6世代かけてようやく出た結果だ。人のチームは毎年のように入れ替わるし、チーム指標が数年で行動を変えるかどうかは、正直なところ私にもまだわからない。次の評価会議で、エースの数字の隣にそのチームの数字を並べて見るところから始めれば十分だと思っている。


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