アウディF1の1年目を、組織と人材マップから読む
2026年3月20日、F1の新シーズンはまだ2戦しか終わっていなかった。その日、アウディはチーム代表のジョナサン・ウィートリーが即日チームを離れると発表した。理由は「個人的な事情」とだけ書かれていた。
私はその日、ニュースのコメント欄は見なかった。代わりに、2年前の彼の就任発表を探して読み直した。経営幹部が1年目で去るとき、私はまず、その人がどう入ってきたのかを確かめることにしている。
十数年、採用と組織づくりに携わってきた。その大半はゼロからチームを立ち上げる仕事で、海外での新拠点の立ち上げもいくつか経験している。アウディの件は、私にとってほぼそのまま教材になる。伝統ある自動車メーカーが、30年以上の歴史を持つスイスのチームを買い取り、2030年までにチャンピオン争いをすると宣言した。しかもまだ建設中の組織なので、公開されている組織情報がどのチームよりも多い。
以下は、私が普段の組織診断とタレントマッピングで使っているやり方で、この件を分解してみたものである。事実はすべて公開報道によるもので、1社しか報じていないものはそう明記する。私自身の判断も、判断だと分かるように書く。
3つの拠点、4年で4回の体制変更
アウディF1は1か所にあるチームではない。シャシーはスイスのヒンウィル(旧ザウバーの本拠地)、パワーユニットはドイツのノイブルク、そして2025年にはイギリスのビスターに技術センターを開いた。
経営陣の変遷はおおよそ次のとおりだ。
- 2022年:ワークスチームとしてのF1参戦を発表
- 2024年:ザウバーのCEOザイドルと取締役会長ホフマンが退任。元フェラーリ代表のビノットがCOO兼CTOとして加わり、続いてレッドブルのスポーティングディレクターだったウィートリーのチーム代表就任が発表される
- 2025年:パワーユニット会社のCEOアダム・ベイカーが退任し、COOのポストが新設される
- 2026年:3月にウィートリーが退任し、ビノットがチーム代表を兼務。4月にアラン・マクニッシュがレーシングディレクターに就任し、ビノットの直属となる
あるメディアの数え方では、プロジェクト発表以来4回目の経営体制変更になる。
Fig.1双頭体制は2025年4月から2026年3月まで続き、その後単頭にまとまった。
4年で4回というのは、立ち上げ期の組織としてはそれほど異常ではない。私が気になったのは、その途中で採られていた構造、つまり双頭体制のほうだ。
双頭体制のリスクは、発表文から読める
2024年の体制では、ビノットがプロジェクト全体を、ウィートリーがチームを見ていた。二人ともアウディCEOのデルナーに直接レポートしていた。ウィートリー就任時の公式発表では、二人の役割と成果物は明確に定義されている、とされていた。
組織を見るとき、私は自分に一つのルールを課している。制度の文書や公式の説明は「主張」として扱い、実際の取捨選択や行動だけを事実とみなす。「役割は明確」は主張だ。確かめるには、二人の意見が本当に割れた場面を一つ見つけて、最後に誰が決めたのかを見るしかない。そういう出来事は外からは見えないので、この欄は空けておく。何かで埋めるより、空欄のほうが正直だと思っている。
一方で、気になる報道が一つある。ビノットはウィートリーの採用に関わっていなかった、というものだ。第三者の報道だけだが、もし事実なら、毎日一緒に意思決定する二人のうち一人が、もう一人の選考に加わっていなかったことになる。これはプロセスの穴に近いと思う。二人のどちらが優れていたかは、ここからは分からない。
私は組織を4つの層で見ている。いちばん下が「核」で、本当の優先順位、本当の権力構造、本当の評価と処遇を指す。その上が「パターン」で、プレッシャーがかかったときに組織がどう歪むか。さらにその上が「装備」で、人、プロセス、システムなど、お金で買えるもの。いちばん外側が「状況」で、この組織がいまの事業フェーズに合っているかどうか。核に問題があれば、上の3層をどう直しても、いつの間にか骨抜きにされる。双頭体制は、ちょうど核の「本当の権力構造」の欄に乗っている。
Fig.2組織診断の4つの層。双頭体制は、いちばん下の「核」の層に乗っている。
人のほうも見てみる。ウィートリーはレッドブルに20年近く在籍し、チームマネージャーからスポーティングディレクターまで務めた。アウディは彼にとって初めてのチーム代表の仕事だった。2025年には何度も入賞し、ヒュルケンベルグがシルバーストンで表彰台に上がり、チームはランキング最下位を脱した。だから「人選ミス」という見方を支える出来事は、私には見つけられない。少なくとも結果の層では、彼は合格している。
では、なぜ去ったのか。公開情報には食い違う話が二つある。2025年半ば、彼は5年後もこのプロジェクトにいたいと語り、スイスの生活も気に入っていると話していた。退任時、ビノットは、彼が個人的な事情で長期的なコミットができなかったと説明した。スカイ・スポーツは、彼がずっとイギリスに戻りたがっていたと報じている。
ここで一つ認めておかなければならない。私が使っている人材評価のモデルには、「イギリスに帰りたい」を入れる欄がもともとなかった。結局、「状況」の層に、勤務地と生活上の制約として入れた。この件以降、「双頭体制の一方」というポジションでサーチをするときは、事前の確認を増やしている。もう一方の人が面接に加わり、候補者を認めているか。候補者の家族がどこにいて、引っ越しの計画が本当にあるのか。これは本人の言葉ではなく、過去に国をまたいで働いたときの実際の段取りで確かめる。そして二人の決定権の境界を、実際に意見が割れた一つの場面で確かめる。
もう一つ推論がある。手元のサンプルはこの1件だけなので、法則としては使わずにここに置いておく。経営陣が双頭、あるいは権限が不完全な構造の会社では、上位人材が、同じレベルの単頭構造の会社より引き抜かれやすいのではないか。ヘッドハンティングをする人間にとっては気になる点だ。この判断には内部情報が一切いらず、公式発表の職責分担だけで読めるからだ。
アウディはその後、双頭を単頭にまとめた。マクニッシュがサーキットの運営を担い、ビノットにレポートする。Formula1.comの記者によれば、ビノットはチーム代表の兼務は一時的なもので、初めての自社製パワーユニットに力を割く必要があるため、より伝統的な上下関係の構造にしたと語ったという。
ついでに書いておくと、当時かなりのメディアがマクニッシュを「後任のチーム代表」と書いた。これは誤りだ。F1ではチームプリンシパルとレーシングディレクターは別の仕事で、一方は工場で変革を進め、もう一方はサーキットで毎週末を仕切る。職責が意図的に二つの肩書きに分けられ、市場の呼び方が追いついていない。この種の肩書きの罠は、候補者が履歴書を書き間違えるより厄介だ。間違えているのはメディアで、メディアこそ私たちが調査でいちばん使う情報源だからである。
なぜイギリスに技術センターを置いたのか
ここからはタレントマッピングの話になる。
アウディがビスターに技術センターを開いたと聞くと、多くの人はビジネス上の判断だと受け取る。サプライヤーに近く、ブランドの見え方もいい。私の読み方は少し違って、まず人材マップから導かれた結果だと考えている。
人材マップを作るとき、私は候補企業を「そのポジションからどれだけ離れているか」でいくつかの輪に分ける。第1の輪は、同じ問題を解き、同じ仕事をしているところ。たとえば他チームのパワーユニット部門だ。第2の輪は、ビジネスは違うが毎日の仕事が似ているところ。耐久レースやフォーミュラEのハイブリッド部門、量産車の高性能電動駆動などが入る。第3の輪は、いちばん譲れる条件を外したときに人が見つかるところで、ここから採るなら育成計画が必須になる。
厄介なのは、同じ輪でも場所によって厚みがまったく違うことだ。
ビスターはモータースポーツ・バレーにあり、半径数十マイルに複数のF1チームがある。第1の輪は非常に厚い。ヒンウィルには自分たちのチームしかなく、人は移住してもらうしかない。ノイブルクはさらに薄い。ドイツ国内にはほかにF1のパワーユニットメーカーがなく、第1の輪はほとんど空だ。
Fig.33つの拠点、3通りの人材プールの厚み。
中核機能の第1の輪が地元にないとき、組織が取れる道は実質二つしかない。外側の輪から採って長い立ち上がり期間を受け入れるか、第1の輪がある場所に組織を移すか。アウディは後者を選んだ。ビノットも当時、現地の人材プールを活かすためだとはっきり語っている。
それ以来、私はこれを一つの原則にしている。拠点の場所を決めること自体が人材の意思決定であり、組織設計の段階で人材マップから答えを出しておくべきだ。オフィスを開いてから採用方法を考えるのでは、順番が逆になる。
今年10月、アウディはヒンウィルに新しいキャンパスを建てると発表し、ビノットはそれが一流の人材を惹きつけ、つなぎとめるうえで重要だと述べた。ウィートリーの件があった後なので、「つなぎとめる」をわざわざ書き込んだ理由はよく分かる。
いちばん採りにくいポジション
仮に、ワークスチームとしてF1参戦を考えているメーカーから、パワーユニットのシステムエンジニアの採用を頼まれたとする。私はまずポジションを分解し、それから企業をリストアップする。
このポジションが本当にふるいにかけているのは4本の軸だ。エンジン、モーター、バッテリーの間でエネルギー配分を判断するハイブリッド統合の力。厳しいレギュレーションの制約下で開発した経験。コストキャップへの意識。ドイツ語か英語で書面の仕事ができること。
次に、緩める順番を決める。入社後に早く身につくものから緩める。コストキャップへの意識は3〜6か月あれば教えられる。規則の制約下での開発経験は、耐久レースやフォーミュラEでも身につく。ハイブリッド統合は1〜2年かかり、しかも社内に教えられる人が要る。言語の軸は緩めない。3拠点が同時に動く組織では、言語についていけない人が時間とともに慣れていくことは少なく、早めに辞めていくことが多い。
「求めないこと」も書き出しておく。たとえばF1経験は求めない。いちばん目立つ条件なので必須条件と勘違いされやすく、その結果、第2の輪にいる優秀な人を門前払いすることになる。
ここまで分解すると、構造的な難しさに突き当たる。ハイブリッド統合をいちばん深くやってきた人は、たいていドイツのパワートレイン領域にいて、国をまたいだ協働に強いとは限らない。イギリスの人は領域の深さは十分だが、ドイツで働くことになる。このポジションでは、領域の深さと拠点をまたぐ力が互いに打ち消し合う。私はこれを「市場に人がいない」とは片づけない。二つの条件が互いに排他的だから難しいのだ。
この段階で私がよく提案するのは、ポジションを分けることだ。ドイツ語ネイティブでハイブリッドに深いエンジニアと、バイリンガルで拠点間のシステム統合を担う役割の二人にする。ハイブリッド人材は珍しくないし、拠点をまたぐバイリンガルも珍しくない。両方が一人に重なると珍しくなる。希少性の問題を人員枠の問題に置き換えると、たいていずっと解きやすくなる。
Fig.4一つずつなら珍しくない。重なると珍しくなる。希少性の問題を人員枠の問題に置き換える。
報酬も地域ごとにレンジを分けたほうがいい。スイス、ドイツ、イギリスの差は、どの国の報酬レンジの幅よりも大きい可能性が高い。1本のレンジで済ませると、ドイツで払いすぎるか、スイスで交渉がまとまらないかのどちらかになる。
成績をどう読むか
10月のシンガポール戦の時点で、アウディはコンストラクターズランキング8位、23ポイント。首位のメルセデスは580ポイント近い。ドライバー二人はすでに2027年の残留が決まっている。
開幕直後の数戦は信頼性の問題が目立ち、メディアの大方の見立ては、パワーユニットのパワー不足、シャシーはむしろ中団レベルというものだった。
ここで言っておきたいのは、成績の悪さをそのまま「人がダメ」と読まないことだ。シャシー側は第1の輪から直接人を連れてこられる。テクニカルディレクターのジェームズ・キーも、2023年にマクラーレンを離れたあと加わった人だ。パワーユニット側は、ドイツの地元に第1の輪がほとんどなく、ハイブリッド統合の育成には1〜2年かかる。二つの能力が育つ速さが違えば、成績の差は遅いほうに出る。
新しい市場に入ろうとしている会社にとって、これはかなり実用的な話だと思う。最初の1〜2年の期待値は、いちばん育つのが遅い能力の育成期間に合わせて置くべきだ。
日本市場に置き換えてみる
私が普段いちばん多く関わっているのは、日本で事業を始める海外企業で、中国のハードウェアやソフトウェアの会社が多い。アウディがぶつかった問題は、こうした会社でもほぼそのまま起きる。
日本法人の責任者と本社から送り込まれた人は、多くの場合、事実上の双頭になっている。形の上では一方が他方にレポートしていても、お金、人、プロダクトの決定権は両側に分かれている。どちらかが去るリスクは、任命の日にもう埋め込まれていることが多い。
大阪や福岡にも拠点を開くかどうかも、人材マップの問題だ。あるポジションの第1の輪がその都市にどれだけ厚くあるかで、その拠点が立ち上がるかどうかはほぼ決まる。
言語の軸も、日本では緩められない。日本語、中国語、英語の三つすべてが要るポジションは、「ハイブリッドの深さと拠点間の言語」と同じ種類の難しさを抱えている。一つずつなら珍しくないが、重なると珍しい。ポジションを分ける、地域ごとにレンジを分けるというやり方は、ここでも同じように効く。
私自身の経験も書いておく。数年前、ある会社の台北拠点をゼロから立ち上げたとき、最初に机の上に並んだのは四つの問いだった。当時はそれが方法論と関係あるとは思っていなかったが、いまアウディと並べてみると、どれもその縮小版になっている。
まず、オフィスをどこに置くか。予算とブランディングを同時に考える必要があった。最終的に、市内中心部のランドマーク的なビルを選んだ。会社は現地で無名で、候補者は社名を知らなかったが、そのビルはみんな知っていた。ブランディングのかなりの部分は、そのビルが担ってくれた。多くの求人広告より効率のいいお金の使い方だったと思う。いま振り返ると、アウディがビスターに行ったのと同じ種類の判断だ。オフィスの場所が、どの人材プールから人を採れるかを決め、最初の人たちが来てくれるかどうかも決める。
次に、どのプラットフォームで採用するか。エンジニア、アート、オペレーションの三つのチームで、それぞれ別の、現地でよく知られた求人プラットフォームを使った。この三種類の人はもともと同じプールにいないので、一つのプラットフォームで無理に採ろうとすれば、二つのチームは苦労することになる。プラットフォームを選ぶことは、輪を選ぶことでもある。それぞれのプラットフォームに集まっている人がポジションからどれだけ離れているかは、最初の求人を出す前にもう決まっている。
それから、最初の二人にどんな人を採るか。私は2 topsの形を取り、経験のある人事を二人採用した。二人とも一人でチームを立ち上げられる人だった。狙いは二つあった。一つはカルチャーのミスマッチを防ぐこと。最初に誰がいるかで、後から入る人はその人に似ていく。二人いれば互いに補正がきく。もう一つはチームのケイパビリティに冗長性を持たせること。どちらかに何かあっても、もう一人が受け止められる。
最後に、その二人に問題を起こさせないためにどうするか。最初のうちは私が毎日台北にいて、リアルタイムで状況を見ていた。その間は何も問題は起きなかった。その後私が現場を離れると、二人の人事がうまくいかなくなり、最終的に一人が去った。
アウディのことを書いていて初めて気づいたのだが、私が台北でつくったのも実は双頭だった。冗長性は私が望んだもので、摩擦はその冗長性に付いてきたものだ。私が毎日いたあいだは、私がいつでも決める人だったので、二人の境界をはっきり書いておく必要がなかった。私が抜けた途端、その境界が表に出てきた。これは今の私の理解で、完全ではないかもしれない。もう一度やるとしても二人を選ぶと思うが、先に書いたいくつかのことは面接の段階で済ませておく。二人が互いに会って認め合っていること。二人の間、そして二人と私の間の決定権の境界を、入社前に具体的な場面で言葉にしておくこと。それから、私が現場にいなくなった後に誰が決めるのかを、前もって決めておくこと。
Fig.5台北の2 tops。私がいる間は問題がなく、私が抜けると境界が表に出た。
まだ考えがまとまっていないこと
アウディが自分たちに課した目標は、2030年のチャンピオン争いだ。いまは単頭体制で、ビノット一人が3拠点の変革と一つのチームを同時に見ている。単頭は双頭の問題を解消したが、すべての決定を一人に載せることにもなった。彼はチーム代表の兼務を、パワーユニットに力を割く必要があったからだと説明した。裏返せば、彼の時間と注意がすでにボトルネックになっているということだ。
双頭は人が抜けやすく、単頭は人を疲れさせる。今の私の考えは、立ち上げ期は単頭のほうが安定し、スケールの段階に入れば遅かれ早かれまた分ける必要がある、というものだ。この判断を支えるサンプルは今のところ二つ。アウディと、私自身の台北だ。規模は何桁も違うのに、結末はよく似ていて、どちらも双頭の一方が去っている。それでも二つでは少なすぎる。シーズン末にはアウディから新しい組織の発表があるはずなので、そのときにもう一度見てみたい。
出典
- Audi: New management structure for the Audi F1 Project (2026-03-20)
- Formula1.com: Allan McNish announced as new Racing Director at Audi (2026-04-24)
- Crash.net: Allan McNish's new F1 role in Audi's post-Jonathan Wheatley reshuffle explained (2026-04-24)
- Sky Sports: Jonathan Wheatley to leave Red Bull and join Audi F1 project (2024)
- On SI: Red Bull reveals key Jonathan Wheatley replacement plans (2024)
- Formula1.com: Audi announce organisational restructure ahead of F1 arrival in 2026 (2025)
- Formula1.com: Sauber open new UK Technology Centre (2025)
- Motorsport Week: Audi announces major plans for 'next chapter' of F1 journey (2026-10-01)
- F1-Fansite: 2026 F1 Standings (after Singapore)
- DH.net / Belga: Audi confirme Bortoleto et Hülkenberg en 2027 (2026-09-24)