立ち上げの実務
直販と代理店が同じ顧客を取り合うとき
案件登録・顧客の分け方・評価
佐藤伸明約7分
目次6
よくある場面を一つ描いてみる。直販と代理店を両方走らせている会社に、ある日、代理店の担当者から少し言いにくそうな連絡が入る。「御社の営業さんが、うちのお客様に見積を出されたようでして」。同じ製品、別の価格で、直販のほうが少し安い。こういう電話一本が、その代理店との数年分の関係を左右することがある。ルールは、この電話がかかってくる前に書いておくものだと思う。
日本のチャネルコンフリクトは、どんな形で起きるか
日本で直販とぶつかる相手は、だいたい決まっている。店舗や中小事業者に売る販売代理店、ソフトや機器を再販するリセラー、そして大企業のシステムを預かるSIerだ。前の二者とは同じ中小企業の顧客を取り合う。SIerの場合はもう少し根が深い。大企業のIT予算の使い道を、事実上SIerが握っていることが多く、そこを飛び越えて顧客に直接提案すれば、SIerの仕事に手を入れることになる。IT人材の多くがベンダー側にいるという構造は、IT人材の7割はIT企業にいる。内製チームが採れない理由に書いた。
この問題は新しくない。ITジャーナリストの大河原克行氏が2004年3月のコラムで当時のPC市場を書いている。デルと日本ヒューレット・パッカードがネット直販を伸ばす一方、富士通やNECは全国の販売店の反発を恐れて本格的なネット直販に踏み出せず、ネット直販比率は1桁台前半にとどまっていた。
日本HPの仕組みが面白い。顧客は同社の直販サイト「ダイレクトプラス」で注文し、製品はメーカーから直接届く。ところが注文書はディーラーに回り、ディーラーは中間マージンを受け取る。ソリューションとアフターサポートはディーラーから買う。コラムによれば、ダイレクトプラスの販売の約7割がこの形だった。
直販と代理店は、同時に走らせることができる。ただし、お金の分け方と、顧客がどちらのものかを、最初の衝突より先に決めておく必要がある。二十年前の話だが、ここは変わっていない。
顧客の帰属は、案件登録で決める
取り合いになったとき、言い分は一つに尽きる。この顧客は先に自分が見つけた、である。だから最初に要るのは案件登録(ディールレジストレーション)のルールだ。誰が先か、登録はどれだけ守られるか、どんなときに例外になるか。
デル・テクノロジーズは、このルールを公開している。2025年2月版の「Deal Registration Program Terms and Conditions」(中南米を除く全世界が対象)は細かい。完全かつ正確な情報を最初に提出したパートナーが優先される。登録の前に、意思決定者との面談や要件整理の支援といった営業活動を済ませ、その記録を出せることが求められる。デルは原則2営業日以内に承認か却下かを通知する。
承認された登録は90日間有効で、商談の進捗が30%以上なら90日の延長を申請できる。承認がない限り、合計は270日を超えない。登録された案件について、デルは積極的な直接営業をしない。
参考になるのは、むしろ例外のほうだ。顧客がデルに見積を求めた場合、過去12か月以内にデルから直接購入した「アクティブ」な顧客の場合、顧客がパートナーの見積を断った場合などは、デルも見積を出せる。
デルは、取り合いの前に「誰が先か・いつまで・何が例外か」を書いている
Dell Technologies「Deal Registration Program Terms and Conditions」2025年2月版(中南米を除く全世界)の主な条項
- 1先に出した者が優先完全で正確な情報を最初に出したパートナー。登録前に意思決定者との面談などの記録が要る
- 22営業日以内に通知エンタープライズ案件は時間がかかる場合がある
- 390日間の保護登録期間中、デルはその顧客に積極的な直接営業をしない
- 4延長には条件進捗30%以上で90日延長、承認なしでは合計270日まで
- 5例外を明文化顧客がデルに見積を求めた、12か月以内にデルから直接購入した、顧客がパートナーの見積を断った、などの場合はデルも見積を出せる
揉めるのは、たいてい例外のところだ。例外が具体的に書いてあるほど、衝突を人間関係で収めずに済む。
デルの日数をそのまま使う必要はない。ただ、誰が先か、どれだけ守るか、何が例外か、この問いには答えを用意しておきたい。答えがないと、衝突のたびに日本法人の責任者が仲裁に出ることになる。一年でいちばん値の張る時間が、そこに消えていく。
そもそも、どの顧客を分けておくか
案件登録が扱うのは、同じ顧客に誰が先に来たかである。その手前に、最初からぶつからないように顧客を分ける段階がある。
分け方としてよく見るのは、規模で分ける(大企業は直販、中堅・中小は代理店)、指名顧客で分ける(直販が担当する企業の一覧を作り、それ以外はチャネル)、地域で分ける、といったものだ。私が製品、営業、組織の順に決める理由で書いたやり方は、代理店に広げてもらい、直販は二、三社の導入事例を自分でつくる、という分担である。
この一覧は短く、固定し、代理店に先に見せる。一覧が長くなると、代理店は「良い顧客は全部メーカーが持っていった」と受け取る。そう受け取られたら、案件登録のルールがどれほど整っていても関係はうまくいかない。
代理店の利益は、販売価格を縛って守るものではない
直販と代理店で同じ価格を出させればぶつからない、という発想はわかりやすい。ただ日本では、ここに独占禁止法の線がある。
公正取引委員会の「流通・取引慣行に関する独占禁止法上の指針」は、メーカーが流通業者の販売価格を拘束することは、原則として不公正な取引方法に該当し違法になる、としている。希望小売価格を参考として示すのは問題ないが、流通業者が自分で価格を決められることがはっきりしている必要がある。
だから代理店を守るなら、自社が決められる側で手を打つ。登録された案件では代理店の仕入価格を下げる。デルの規約でも、案件登録は標準より有利な価格を受けるための経路になっている。直販は、登録済みの顧客には自分から見積を出さない。代理店の粗利は、価格表の段階で空けておく。
直販営業の評価が、取り合いを生む
ルールを書いても、営業の評価の仕組みが逆を向いていれば、直販は代理店の顧客を取りに行く。
自分が受注した案件しか成績にならない営業は、代理店の大口顧客を見るたびに、これが自分の案件ならと考える。人として自然なことだ(私でもそう考える)。日本HPのやり方は、見方を変えれば、メーカー直販の注文でもディーラーに利益が残るようにして、取り合う理由を減らしたものと言える。
私が好むのは逆向きの設計である。直販営業の担当地域で代理店が受注した案件も、比率を下げて本人の成績に一部入れる。そうすれば、直販営業は代理店の案件を取りに行くより、勝たせる側に回る。比率は会社ごとに違い、どこにでも当てはまる数字を私は持っていない。
一件の取り合いが、何年分の関係を動かすか
日本の代理店との関係は、年単位で、長ければ十年単位で続く。代理店には十数年通い続けた顧客がいて、その代理店が勧めるものなら、顧客はまず話を聞く。その関係の重さは百年企業が最も多い国で、新規参入者はなぜ顧客を動かせないのかでも触れた。
一件取れば、契約が一つ増える。引き換えに、その代理店の中での推奨順位と、業界の集まりで自社がどう語られるかを失う。代理店が売らない理由はたいてい営業担当者の推奨順位にある、という話は代理店が自社製品を売らない理由に書いた。一度の取り合いで、三番目から十番目に戻されることは十分ありうる。
直販と代理店を同時に始める前に、案件登録、指名顧客の一覧、直販営業の評価のしかたを書き、代理店に見せてから最初の契約を結ぶ。順番が逆になると、その後の衝突は、毎回誰かの貸し借りで埋めることになる。
本稿は公開資料と商慣行についての一般的な解説であり、法的助言ではない。再販売価格、販売地域、取引先の制限などを取り決める際は、公正取引委員会の指針の原文を確認し、弁護士に相談してほしい。
出典(2026年11月時点)