佐藤伸明 Nobu Sato

日本法人の最初の五人が、あとの五十人を決める

最初の五人があとの五十人を決める

三年目、日本法人は五十人になった。本社が気づく。ここでは会議で悪い知らせが出ない。顧客の苦情は三段階を経てから責任者に届く。夜九時までの残業が当たり前なのに成果が見えない。本社は責任者を替えた。半年後、新しい責任者も悪い知らせを言わなくなった。

責任者の問題ではない。この事務所の決まりは三年目よりずっと前に定まっていて、決めたのは最初の数人だった。

ヒヒの群れ

神経科学者のサポルスキーは1978年からケニアでヒヒの一群を追っている。1980年代半ば、近くの観光ロッジのごみ捨て場から結核が持ち込まれ、群れのオスの約半数が死んだ。死んだのは攻撃的なオスに偏っていた。ごみ捨て場で他のヒヒを押しのけ、汚染された肉を食べたのが彼らだったからだ。残ったのは、あまり争わないオスたちである。

興味深いのはその後だ。ヒヒのオスは思春期に生まれた群れを離れる。1990年代半ばには、当時生き残ったオスは一頭も残っておらず、群れのオスはすべて外から来た個体に入れ替わっていた。それでも、この群れは他と違っていた。毛づくろいが多く、序列は緩く、下位のオスのストレス指標は他の群れより低い。新しく来たオスは数か月でこの群れの振る舞いに変わる。2004年にPLoS Biologyに載った論文は、これを群れの文化と呼び、伝わり方も検証している。残っていたメスが新参のオスをどう扱うかが、新参者が何を学ぶかを決めていた。

1978観察開始ケニアのヒヒの一群1980年代半ば結核でオスの約半数が死亡攻撃的なオスに偏る1980年代末残った群れは際立って穏やか1990年代半ば当時のオスは一頭も残らず全員が外から来た個体2004論文:文化は継続新参者は数か月で同化Sapolsky & Share, PLoS Biology 2004。要旨のみ。一つの群れの観察で、実験ではない

Fig.1攻撃的なオスの半数が死んだあと、穏やかな群れの文化は十年以上続いた。その間にオスはすべて入れ替わっている。

私が読んだのは要旨だけで、全文は確認していない。一つの群れに起きた偶然の出来事を長く観察した記録であり、実験ではない。比喩として使うにとどめ、法則としては扱わないほうがいい。ただ、この比喩は一つのことを言い当てている。集団の行動基準はどの個体にも宿っていない。個体のあいだに宿っているから、全員が入れ替わっても残る。

人を替えても文化は替わらない

五十人の事務所に戻る。本社が責任者を替えるのは、オスを一頭入れ替えるのに近い。新しい責任者が来たとき、四十九人はすでに、ここでの会議の進め方、悪い知らせの扱い、何時に帰れば角が立たないかを知っている。彼はそれに合わせるか、四十九人と消耗戦をするかのどちらかだ。多くの人は前者を選ぶ。弱さだとは思わない。ふつうのことだ。

ヒヒの群れが文化を変えられたのは、一度に半数が入れ替わったからだ。会社にはできないし、すべきでもない。だから会社で文化を安く決められる窓は一つしかない。最初の、人がまだ少ないときである。

最初の五人が決めるもの

壁に貼る価値観の話ではない。五つの具体的なことで、どれもあとから来た人が最初の一週間で観察し、まねるものだ。

悪い知らせの通り道。最初の一人が本社に報告するとき、問題を先に言うか、進捗を先に言うか。二人目はそれを見て学ぶ。五人目の頃には、それが「うちのやり方」になっている。悪い知らせが早く届くかの記事で書いたのは仕組みの話だが、仕組みは最初の五人の行動で書かれる。

顧客と取引先への口調。最初の営業が代理店にどう接するか、最初の運営担当が外注先にどう接するか。あとの人はそれに倣う。

何時に帰るか。いちばん早く学ばれ、いちばん変えにくい。最初の五人に九時まで残る人が一人いれば、十人目は七時に帰れなくなる。

本社との距離。最初の五人が本社を上司と見るか、同僚と見るかで、三年後の事務所が実行部隊になるか経営体になるかが決まる。新拠点を本社の一部門のように運営しないで書いた問題の根は、たいていここにある。

誰が決めるか。最初の五人のあいだで出来上がった決め方、一人が決めるのか、相談して決めるのか、本社を待つのかは、そのまま五十人に拡大される。

最初の五人をどう選ぶか

能力はもちろん見る。ただ最初の五人の能力基準は十人目より少し低くてもよく、行動の基準は十人目よりはるかに高くなければならない。十人目の行動は修正されるが、最初の五人の行動は模倣されるからだ。人より先に役割を採点するの方法に、ここでは一項目を足す。最初の五人に含まれる役割は、行動の重みを別に採点する。

面接で聞くのは「チームの文化をどう考えるか」ではなく、「前の会社で最後に上司へ悪い知らせを伝えたのはいつで、どう伝えたか」だ。これからどうしたいかを聞くより、過去にどうしたかを見る。

最初の九十日は、業績ではなく行動を見る。最初の五人の業績は九十日では見えないが、行動はすべて見える。この期間に基準と違う振る舞いに気づいたら、すぐ直すか、すぐ替える。そのときがいちばん安い。十五人目になってから直そうとすれば、すでに学んでしまった十四人と向き合うことになる。

最後に、あまり気持ちのよくない話を一つ。日本法人がすでに五十人で、文化がすでに望んだものと違うなら、責任者を替えてもほとんど効かない。残る手は二つしかない。一度に十分な数の人を入れ替えるか、別に小さなチームを立てて最初から育てるか。前者は代償が大きい。ヒヒの群れが使ったのは前者で、しかも自分で選んだわけではなかった。


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