悪い知らせが上がってこない組織

連載「人は組織図どおりには動かない」 · 第13回/全13回 · 第三部 · 人はなぜ動くのか
序章:組織図に載っていない人
プロジェクトが遅れる。現場は二か月前に知っていた。中間層は一か月前に知っていた。本社が知ったのは納期の一週間前。どの層も嘘はついていない。どの層も少し待って、立て直せないか様子を見ていただけだ。
この連載では、人はどう群れるかから、人はなぜ動くかまで、十三の理論を書いた。締めくくりのこの一本は、すべての理論が最後に通らなければならない一つの扉について書く。悪い知らせは上がってくるか。
雰囲気ではなく、一つの具体的な判断
エイミー・エドモンドソンは1999年に病院の看護チームを調べ、直感に反する結果を得た。最も成績の良いチームが、最も多くの投薬ミスを報告していた。ミスが多いからではなく、報告できるからだ。彼女はこの現象を心理的安全性と呼んだ。このチームでは対人関係上のリスクを取っても安全だ、問題を口にし、誤りを認め、異論を出しても、辱められたり罰せられたりしない、と成員が共有して信じている状態。
この概念はその後使われすぎ、「雰囲気が良い」「仲が良い」と理解されがちになった。エドモンドソン自身が繰り返し訂正している。心理的安全性というと心地よさを思い浮かべる人が多いが、中身は率直さに近い。仲は良いが誰も本当のことを言わないチームの心理的安全性は低い。基準を下げることでもない。高い基準と高い心理的安全性が揃って学習するチームになり、高い基準と低い心理的安全性では不安なチームになって、悪い知らせが隠される。
論争は測定と因果にある。心理的安全性は結果か原因か、成果との関係の強さは研究によってまちまちだ。だが診断の変数としての価値に異論はない。組織の中で悪い知らせがどれだけ速く伝わるかは、観察できる。
Fig.1悪い知らせは報告線を一層上がるごとに待たされる。右の点線は設計で引く線で、三種類の知らせは濾過を通さずトップに届く。
退職代行が測っているのは、その裏側
日本には既製の測定がある。退職代行だ。利用者が挙げる理由の上位は「上司が怖い」(パーソル総合研究所の調査で28.8%)と「自分から言い出せる環境がない」。エン・ジャパンの調査では利用者の六割が、上司が話しやすければ使わなかったと答えている。数字は退職代行の記事に書いた。
退職は、一人の人間が伝えられる最大の悪い知らせだ。それすら金を払って代わりに言ってもらう組織では、日々の小さな悪い知らせ、プロジェクトが遅れる、顧客が不満だ、この案は無理だと思う、はとうに上がってこなくなっている。退職代行の利用率は、心理的安全性の逆向きの指標だ。
日本の組織では、このことに構造的な増幅がかかる。場の縦の関係は上司への依存を深くし、悪い知らせを言う代価が大きく感じられる。中間回答の記事で書いた「態度を示すことにはコストがある」も同じ仕組みだ。日本人が言えない、という話にはしたくない。この構造が、言うことのコストを他所より高くしている。
設計上の結論:悪い知らせに一本の線を引く
心理的安全性に関する助言の多くは行動のものだ。リーダーが先に自分の誤りを認める、悪い知らせに礼を言う、結論を下す前に問う。どれも有効だが、この連載の立場は、構造に書けるものは行動に頼らない、というものだ。三つある。
一つ、組織図に悪い知らせ専用の線を引く。組織図を描き直すときで、中間層を置くときに「必ず上げる三種類の知らせ」を文書にすると書いた。この三種類は通常の報告線の濾過を通さず、トップに直接届き、上げた人は結果の責任を負わないと決めておく。
二つ、「問題を見つけること」を名前のある成果にする。責任モジュールでは全員が名前を指せる一塊の仕事を持つ。その塊の中で問題を早く見つけることは成果であって、失敗ではない。評価表にその欄があって初めて、人は上げる。
三つとも、態度より出来事で聞く。調査で「チームの雰囲気は良いと思いますか」と聞けば中間回答が並ぶ。「この一か月に、言おうと思って言わなかった悪い知らせが一つでもあったか」と聞けば、答えはあるかないかだ。あると答えた割合が、その組織の心理的安全性の点数になる。
連載の締めくくり
十三の理論、三つの部。人はどう群れるか。場で、規模で、貸し借りで。構造は行動をどう形づくるか。距離、やり取りの構造、形態、隙間、人数。人はなぜ動くか。関係の規則、三つの欲求、二組の要因、職位そのもの。どれも同じことを言っている。人は組織図どおりには動かないが、組織図は、人がそのとおりに動きたくなるように描くことができる。
描くとき、最後に点検するのがこれだ。悪い知らせはどの線を通るか。この線が通っていれば、前の十二の理論が指す問題はどれも早く見つかる。通っていなければ、前の十二をすべて正しく設計しても、知るのは納期の一週間前になる。
面接で上司が悪い知らせを聞ける人かどうかを見る方法は、上司を選ぶ記事に書いた。序章に戻ると、組織図に載っていない人は、悪い知らせが最初に届く人であることが多い。その人を見つければ、この線の起点ができる。
自社で最後に起きた悪い知らせは、現場が知ってからトップが知るまで、何日あいただろうか。
連載
前回:人より先に、職位を採点する
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