佐藤伸明 Nobu Sato

「IT人材79万人不足」はどこから来た数字か

2030年のIT人材需給ギャップ6シナリオの棒グラフ。79万人は高位需要と生産性0.7%の組み合わせ

「2030年にIT人材が79万人不足する」。採用計画の資料でも、エンジニア採用サービスの広告でも、この一文を見ない年はなかった。出どころは経済産業省が2019年3月にまとめた試算で、もう7年前の数字になる。元の表を開くと、79万人は6つあるマスの一つにすぎない。

しかも一番端のマスだ。IT需要が高く伸び、生産性はほとんど伸びないという、いちばん厳しい前提を二つ重ねたときの値である。どういうわけか、表の端の数字ほどよく引用される。

79万人は、どんな前提から出た数字なのか

元になった試算は、経済産業省の委託でみずほ情報総研(当時)が行った「IT人材需給に関する調査」(2019年3月)だ。79万人(正確には78.7万人)は、そこで需要の伸びが最も高く、生産性の伸びが最も低い組み合わせを選んだときの、2030年の不足数にあたる。ここでいうIT人材は、IT企業とユーザー企業の情報システム部門などで働く人で、2015年国勢調査の職業分類から数えている。供給は2018年時点で103.2万人、2030年には113.3万人になると置いた。

需要の伸びは3通りある。低位は年1%で、IT需要は実質GDPと連動するという考え方。高位は年3〜9%で、IPA(情報処理推進機構)の企業アンケートから取っている。中位はその中間で、およそ2〜5%だ。これに労働生産性の上昇率を2通り掛ける。0.7%は2010年以降の情報通信業の平均、2.4%は1995年以降の平均である。

3×2で、答えは6つ出る。

2030年のIT人材需給ギャップ(万人、プラスが不足)生産性上昇率 0.7%生産性上昇率 2.4%低位需要 年1%16.4万人 不足7.2万人 余剰中位需要 約2〜5%44.9万人 不足16.1万人 不足高位需要 年3〜9%78.7万人 不足43.8万人 不足0(需給一致)出典:経済産業省・みずほ情報総研(2019年3月)

Fig.12030年のIT人材需給ギャップ(経済産業省委託・みずほ情報総研「IT人材需給に関する調査」2019年3月)。生産性上昇率0.7%では16.4万〜78.7万人の不足、2.4%では低位の7.2万人余剰から高位の43.8万人不足まで。広く引用される79万人は、高位需要×生産性0.7%の1マスだけである。

報告書は、2030年に需給をちょうど釣り合わせるのに必要な生産性上昇率も出している。低位なら1.84%、中位なら3.54%、高位なら5.23%だ。表全体を見ても、どのマスが当たるとはどこにも書いていない。前提の置き方しだいで、7万人の余剰から79万人の不足まで動く。要するに、そういう表である。

もう一つ気になるのは高位の出どころだ。企業に自社のIT需要の見込みを聞いたアンケートは、強気に出やすいと私は感じている。79万人は、その強気の伸びに、伸びない生産性を重ねた数字になる。

7年たって、前提はどこまで残っているか

働く人の数は、試算よりずっと速く増えている。総務省「労働力調査」で情報通信業の就業者を見ると、2023年平均は278万人で、2019年より48万人多かった(労働政策研究・研修機構の集計)。2025年平均は302万人である。

ただ、ここは数え方に注意が要る。労働力調査は「産業」で数えるので、通信会社の営業や出版社の編集者も入る。逆に、メーカーや銀行の情報システム部門にいるエンジニアは入らない。試算の103.2万人とは定義が違い、引き算はできない。それでも方向は読める。試算は12年で約10万人の増加を置いていたが、産業全体では数年で数十万人単位の増え方をしている。供給側の前提は、控えめすぎた可能性が高い。

生産性のほうは、まだ答えが割れている。GitHub Copilotの比較実験(Peng, Kalliamvakou, Cihon, Demirer、2023年、arXiv。募集した95人の開発者を無作為に2群に分けた実験)では、JavaScriptでHTTPサーバーを書く課題を、AIを使えるグループが55.8%速く終えた。一方、METRが2025年に行ったランダム化比較試験(Becker ほか、arXiv)では、成熟したオープンソースのプロジェクトに慣れた開発者16人が246件の実タスクに取り組み、AIを使うと完了まで19%長くかかった。本人たちは速くなったと感じていたという。

片方は決まった課題、もう片方は慣れたコードでの実務で、測っているものが違う。どちらも日本企業の開発現場をそのまま映すものでもない。ただ、0.7%という前提が2030年まで固定されると考える根拠は、2019年より弱くなったと私は見ている。

それでも、足りないという感覚は消えていない。IPAの「DX動向2025」(2025年2〜3月調査、DXに取り組む企業が対象)では、DXを推進する人材の量が「大幅に不足」「やや不足」と答えた日本企業が合わせて85.1%だった。同じ調査で、米国企業の73.6%、ドイツ企業の52.5%は「やや過剰」か「過不足はない」と答えている。

人は増えているのに、足りないと感じている。これは人数の問題というより、企業が求める人の像と、市場にいる人の像のずれとして読むほうが自然だと思う。報告書自身も、受託開発や保守といった従来型のIT人材と、AIやIoTなどの先端IT人材を分けて試算している。概要版によると、中位需要・生産性0.7%で、従来型から先端へ移る人(Reスキル)が年1%にとどまるケースでは、2030年に先端IT人材が55万人足りない一方、従来型IT人材は10万人余る。

日本でエンジニア組織をつくる側にとっての意味

79万人を「日本ではエンジニアは採れない」という結論に使うと、打ち手は年収を上げて奪い合うことくらいしか残らない。私は先に、自社の条件のほうを疑うようにしている。

私自身、予算が限られた中で、バイリンガルのIT PMを半年探し続けたことがある。条件から日本語ネイティブを外したところ、1か月で決まった。足りなかったのは「PMができる人」というより、「PMができて、日本語がネイティブで、この予算に収まる人」だった。条件を一つ外すだけで、候補者の母集団は大きく変わる。

日本語の要件をどこまで下げられるかは、チームの切り方で決まる。顧客や社内の関係者と日本語でやり取りする役割と、設計や実装に集中する役割を分けられれば、後者は海外拠点やリモートでも採れる。組織の形を先に決めてから人を探す話はコンウェイの法則についての記事で書いた。日本のビジネス現場で英語がどこまで通じるかは、日本の英語力を数字で見た記事が参考になると思う。

2030年に実際に何人足りなくなるのかは、私にもわからない。生成AIで生産性が上がっても、需要がそれ以上に伸びれば不足は残る。ただ、16.4万人から78.7万人まで幅のある試算の端だけを取り出して、採用計画の前提にするのは、あまり勧めない。それより手元の求人票を開いて、外せる条件がいくつあるかを数えてみる。地味な作業だが、79万人という数字よりは採用の役に立つと思う。


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