新拠点の決まりは、最初の三か月で定めなければ遅い

二か月目、本社から来た一人が家族の航空券を出張費に混ぜて精算し、経理は止めなかった。四か月目、現地の営業が稟議を通さずに顧客へ値引きを約束した。六か月目には、精算は少し緩くてよく、約束は先にしてから考えればよいと、全員が知っていた。誰も会議で宣言していない。それでも、ここでのやり方になった。
新拠点で決まりがどう立ち、どう崩れるかを、一つの実験がかなり率直に示している。
違反は伝染し、遵守は伝染しない
2026年10月、アムステルダム大学のモレマンらのチームが Proceedings of the Royal Society B にオンライン実験を発表した。参加者は米国の750人、民主党支持と共和党支持がほぼ半々。課題は、横に並んだ100個のマスから一番明るいものを選ぶこと。仕掛けは、本当に明るいマスは中央にあるのに、右へ行くほど報酬が増えることだ。右を選ぶのは、金のためにルールを曲げることにあたる。
社会的な手がかりが何もないとき、右端を選んだのは約23%だった。次に、他人の選択を見せる。中央を正直に選んだ人を見せても、ほとんど影響はなかった。同じ側の人が右端を選んだのを見せると、自分も右端を選ぶ割合は40%近くに上がった。見た相手よりさらに逸脱した人も4%強いた。その後のシミュレーションでは、集団に揺るがず守る人が十分いれば全体は中央で安定し、足りなければ右へ滑り続けた。
Fig.1違反は見れば倣われ、遵守は見ても倣われない。実験に罰はなく、それは新拠点の最初の数か月の状態でもある。
先に限界を言う。米国のオンライン実験で、2024年の大統領選の一週間前に行われ、政治的な帰属が意図的に強調されている。もっと大きいのは、実験では違反に何の結果も伴わない点だ。罰もなく、同僚に見られる気まずさもない。現実には手すりがある、という批判は正しい。ただ、新拠点の最初の数か月は、まさに手すりが最も少ない時期だ。歴史がなく、「ここ」のやり方を誰も知らず、本社の規程を誰も読まない。あの三か月は、思うより実験の環境に近い。
新拠点の三か月の窓
実験の結論のうち、新拠点にそのまま使えるものが二つある。一つは、遵守は自然には広がらないこと。真面目な人を何人か採ればルールが立つ、と思いたくなる。ところが、彼らがルールを守っている姿から、周りはほとんど何も学ばない。もう一つは、違反の伝染は帰属を見ること。「こちら側の人」が破ったときにだけ、倣われる。日本法人で「こちら側の人」とは、まず本社から来た数人だ。現地の社員は彼らを見ている。本社の人が精算を緩くでき、稟議を飛ばせるなら、ルールは日本人向けに書かれたものにすぎない、と理解する。無理もない読み方だと思う。
だから新拠点の最初の三か月には狭い窓がある。窓が開いているあいだは、費用がとても安い。一言か、一度の差し止めで済む。窓が閉じてから変えようとすると、相手は一群の人がすでに学んでしまったものになる。最初の五人があとの五十人を決めるに書いたとおりである。
どう立てるか
数を絞る。本社の二百ページの規程を持ち込んでも、まず誰も読まない(読まれるのは、たいてい監査の前日だ)。読んだとしても、「ここの決まり」とは受け取られない。五つ以内に絞り、いずれも破れば法人が傷つくものにする。金の使い方と精算。顧客への約束を誰が与えられるか。データと顧客情報の扱い。労働時間の記録(労働基準監督署が見るのはここだ)。採用の手順。それ以外は、自然に育つのを待つ。
結果を先に言う。実験で違反が速く伝染したのは、結果がなかったからだ。現実で足せるいちばん安い手すりは、初日に、この五つを破ればどうなるかをはっきり言っておくことだ。誰かを名指ししないから、誰も気まずくならない。
最初の違反は見えるように扱う。糾弾の場を設けるのではなく、対処されたことが皆に分かるようにする。その精算を差し止め、権限のない値引きを取り下げる。当人が知り、関係者が知る。最初の対処の仕方が、どんな規程よりも本物のルールとして全員に受け取られる。止めるのは早いほど安い。一回目の費用はほぼゼロだ。十回目になると、向き合う相手は「みんなやっている」という空気そのものになる。
揺るがない数人を見つける。シミュレーションで集団を安定させたのは「十分な数の揺るがない遵守者」だった。五人から十人の拠点なら、二、三人でよい。管理職である必要はなく、必要なのは、他人が破ったときに倣わないことだ。性格が固いからではなく、結果が本当に落ちてくると知っているからそうなる。最初の数人を採るとき、この一点は別に見る。人より先に役割を採点するの考え方だ。
本社の人が先に守る。いちばん難しく、いちばん肝心な一条だ。現地の社員が倣う相手は本社から来た人で、本社から来た人はしばしば、ルールは現地の人のためのものだと思っている。駐在員がこの五つを守れないなら、別の人を送るほうがよい、と私は考えている。
一つの判断
立ち上げ期は柔軟であるべきで、決まりが多いと誰も動かない、という意見がある。半分は同意する。だから五つに絞る。ただ、この五つを立てておかないと、三か月後に柔軟さは別のものに変わっている。各人が自分の都合で動き、それを当然だと思う状態だ。そうなってから立て直そうとすると、向き合う相手は事務所全体になる。
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