完全歩合の営業チーム、日本で何が危ないのか

2026年10月9日、金融庁はプルデンシャル生命保険に、新規の保険募集と契約締結を約3か月半止めるよう命じた。処分の理由を読んでいくと、報酬制度の話が何度も出てくる。持株会社への処分理由には、完全に業績と連動した報酬制度(フルコミッション)が「金銭への執着が強い営業職員の流入を招いた」とまで書かれていた。
プルデンシャル生命の一年
経緯を公表資料と報道でたどる。
2026年1月16日、プルデンシャル生命は、現役と元の社員100人超が、500人超の顧客から計約31億円を不正に受け取っていたと発表した。架空の投資話や金銭の詐取、借入金の流用などである。間原寛社長は2月1日付で辞任し、後任にはグループのプルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命の得丸博充社長が就いた。1月23日の会見で得丸氏は、新契約の獲得に強く連動した報酬制度を原因の一つに挙げ、一部を固定給にする方向を示した。
2月9日から90日間、新規契約の販売を自粛し、4月22日にはこれを180日間延長した。この時点で、社員による金銭の受領や借入の影響を受けた顧客は498人、計30.8億円だった。
10月8日、外部の弁護士でつくる社外特別調査委員会の報告書が公表された。委員会は、新規契約の獲得を過度に評価する営業社員の報酬制度と経営管理体制を問題として挙げた。関与した現役・元営業社員157人が懲戒解雇などの処分を受けた。会社は2027年から営業社員に最低保証給を導入する方針を示し、得丸社長ら役員3人が月額報酬の30%を3か月返納する。被害額は共同通信が約52億円と報じ、時事通信は自己申告ベースの受領額を約61億6600万円と報じている(数字の範囲が違うとみられる)。
そして翌9日の金融庁の処分である。業務停止は2026年10月13日から2027年1月31日まで。同じグループのジブラルタ生命にも同じ期間の業務停止が出た。
金融庁は、完全歩合の報酬制度を原因の一つに挙げた
プルデンシャル生命の金銭不正をめぐる2026年の経緯。同社発表、社外特別調査委員会報告(共同・時事報道)、金融庁の行政処分(2026年10月9日)
- 1月16日100人超が500人超から約31億円現役・元社員による金銭の不正受領を公表。社長は2月1日付で辞任
- 2月9日新規販売を90日自粛4月22日に180日延長。影響を受けた顧客は498人、30.8億円
- 10月8日157人を処分、2027年から最低保証給委員会は新契約を過度に評価する報酬制度と管理体制を指摘
- 10月9日金融庁が業務停止命令2027年1月31日まで募集停止。フルコミッションが金銭への執着が強い営業職員の流入を招いたと指摘
報酬の形は、どんな人が集まるかまで決める。規制当局は、それを処分理由に書いた。
この事件を、保険業界の話で終わらせない
保険の営業の世界には、長く続いてきた事情がある。それを外から裁くつもりはない。この事件を取り上げるのは、外国の会社が日本で営業チームを作るときに、同じ設計の誘惑があるからだ。
本国では成果報酬の比率が高い営業組織が当たり前、という会社は多い。固定費を抑えられるし、売れる人ほど稼げるので、採用のときも話が早い。立ち上げ期の日本法人にとっては魅力的に見える。私も、その計算に心が動く気持ちはわかる。
ただ、日本でこれをそのまま持ち込むと、少なくとも法律、人の集まり方、監督のコストの面で、本国とは違う問題が出てくる。
雇用なら、完全歩合は法律上成り立ちにくい
社員として雇うなら、売上ゼロなら給料ゼロ、という設計はできない。
労働基準法第27条は「出来高払制その他の請負制で使用する労働者については、使用者は、労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」と定めている。金額は法律に書かれていないが、厚生労働省の解説は、通達を踏まえて少なくとも平均賃金の6割程度を保障するのが妥当としている。最低賃金法も歩合給に適用され、時間あたりに直した額が最低賃金を下回ってはいけない。
プルデンシャルが最低保証給を入れると発表したのは、この流れで読むと興味深い。同社の従来の制度が法律上どう扱われていたかは、公表資料からはわからない。ここでは、そこまでは言わない。
では業務委託にすればよいか、というと、それも簡単ではない。厚生労働省は、労働者にあたるかどうかは請負や委任といった契約の名前ではなく、契約の内容や働き方、報酬などから個別に判断すると説明している。指示を出し、時間と場所を決め、会社の名刺で売らせているなら、名前が業務委託でも労働者と判断されうる。この点は「雇用の代わりに業務委託で回す。日本で成り立つか」に書いた。
報酬の形が、集まる人を選ぶ
金融庁の文言で私がいちばん重く読んだのは、法律の話よりこちらだ。フルコミッションが、金銭への執着が強い人を呼び込んだ、という指摘である。
報酬制度は、入った人を動かす仕組みであると同時に、誰が応募してくるかを決めるフィルターでもある。完全歩合の求人に手を挙げるのは、高い収入を強く求め、不確実さを苦にしない人だ。それ自体は悪いことではない。ただ、成績が落ちた月にどう振る舞うかは、別の資質の問題になる。採用面接で見ているのは、たいてい売る力のほうだ。
もう一つ、売れる人ほど管理職より発言力を持つ、という構造もある。時事通信によれば、報告書は優績者が上司を上回る力を持ち、指導が難しくなっていたことにも触れている。金融庁も、優績者を過度に重んじる表彰制度の見直しを求めた。いちばん売れる人を日本法人の責任者にしないほうがいいと以前書いたのは、似た理由からだ。
監督にかかるお金は、固定費を削った分では足りない
成果報酬の比率を上げると、営業の人件費は変動費になる。その代わり、不正を見張る費用が増える。お客さまとの金銭のやり取りを禁じ、その通りになっているかを確かめ、通報の窓口を作り、支社に目を配る。プルデンシャルは支社の段階的な統合で管理を強めるとしている。金融庁も、支社に任せた管理で本社の統制が弱まったことを指摘した。
完全歩合で浮かせたつもりの固定費は、この監督の費用と、事件が起きたときの費用で返ってくる。プルデンシャルの場合、半年を超える販売自粛と、その後の業務停止が重なった。
私なら、こう組む
ここからは私の考えで、データの裏づけがある話ではない。
固定給を厚めにする。一四半期売れなくても行動が変わらない程度の水準にする。変動部分は残すが、生活がそれに懸からない設計にする。
評価に、売上以外の項目を入れる。解約率、苦情、手続きの不備、記録の正確さ。成績がよくてもこれが悪ければ、変動部分が減る。逆にしないことが大事だ。
報酬の一部を後ろに倒す。契約が一定期間続いて初めて確定する部分を作る。売った瞬間に全額が確定する設計は、売ったあとのことを考えなくさせる。
管理職の報酬を、チームの売上だけで決めない。部下の不正を見逃しても自分の報酬が増えるなら、見逃す理由ができてしまう。
給与設計の分け方そのものは、等級・手当・賞与を分けて決めるで整理している。
この設計は、立ち上げ期の固定費を確実に押し上げる。数字だけ見れば、本国の完全歩合モデルのほうが安い。そこは率直に認めておく。私がこちらを選ぶのは、日本では事件が一度起きたときの損が、浮かせた固定費の何年分にもなりうると考えているからだ。小さな日本法人で、本当に一人目からこれが必要かどうかは、まだ決めかねている。
本稿は一般的な情報の提供を目的としたもので、法的助言ではない。報酬制度や業務委託契約が法的に問題ないかは個別の事情によるので、弁護士や社会保険労務士に相談してほしい。プルデンシャル生命に関する記述は、公表資料、行政処分、報道にもとづく。
出典(2026年10月時点)
- 金融庁「プルデンシャル生命保険株式会社、ジブラルタ生命保険株式会社及びプルデンシャル・ホールディング・オブ・ジャパン株式会社に対する行政処分について」(2026年10月9日)
- 時事通信(nippon.com)「Prudential Life's Past, Present Staff Scam Customers Out of 3.1 B. Yen」(2026年1月16日)
- 共同通信(秋田魁新報)「プルデンシャル生命、被害拡大も 調査継続、社長が謝罪」(2026年1月23日)
- 共同通信(秋田魁新報)「プルデンシャル生命90日自粛へ」(2026年2月4日)
- AdverTimes「プルデンシャル生命、販売自粛を180日延長」(2026年4月22日)
- 共同通信(熊本日日新聞)「プルデンシャル、不正52億円 社長ら役員3人、報酬一部返納」(2026年10月8日)
- 時事通信(nippon.com)社外特別調査委員会の報告書公表(2026年10月8日)
- 茨城労働局「労働基準法の概要」第27条(出来高払制の保障給)
- 厚生労働省「スタートアップ労働条件」歩合給制のQ&A
- 厚生労働省「労働基準法における『労働者』について」