組織と採用
終身雇用は伝統ではない:足留めに始まり、持つ人は一割未満
名付けたのは1958年のアメリカ人
佐藤伸明約8分
外国の本社から来た経営者と話していると、「日本人は終身雇用を望むから」という前提が会話の土台に置かれていることがある。日本の文化そのものだと思われている。けれども「終身雇用」という言葉は1958年にできたもので、名付けたのはアメリカ人だ。中身をたどると、大正期の大企業が熟練工を引き止めるために組んだ仕組みで、それに見合う長い勤続を持つ集団は、2006年の推計で雇用者の一割に届かない。ここを押さえておくと、日本の社員が持つ期待のうち、どれが法律で、どれが慣性で、どれが交渉できるものかが見分けられる。
「終身雇用」は誰がつけた名前か
アメリカの経営学者ジェームズ・アベグレンである。1958年の著書『The Japanese Factory』で、日本の工場の雇用慣行を lifetime commitment と呼んだ。邦訳『日本の経営』が出たあと、日本語では「終身雇用」として定着した。それ以前、日本人はこの慣行に固有の名前を与えていなかった。法律にも今日までこの言葉はない。労働契約法が定めているのは期間の定めのない労働契約と解雇の制限であって、「終身雇用」という条文はどこにもない。
外国人がつけた名前が、外国人の日本理解の入口になっている。少し立ち止まって考えてよい事実だと思う(名付け親の国籍で中身が決まるわけではないが、名前は人の予断を決める)。
どこから来たのか:熟練工の引き止め
大正期の大企業から来た。目的は、熟練工に辞められないことだった。
明治期の日本の労働市場は流動的で、腕のある職工は工場から工場へ渡り歩いていた。労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎がまとめているとおり、大正期に大企業で定期採用制、定期昇給制、定年退職制が始まる。新卒のまっさらな若者を採り、企業の中で教育訓練と昇進を重ね、勤続を奨励する制度を揃える。よそから来た者は臨時工として別扱いにする。『世界大百科事典』の説明はもっと率直で、熟練労働者、技術者、中間管理者が絶えず不足していたため、引き抜きを防止する必要があった、と書いている。
要するに、人を引き止めるための発明である。武士道や家の思想を持ち出さなくても説明がつく。
戦時期には国家総動員法のもとで雇用と賃金が統制され、年齢に基づく賃金が公定された。1946年の電産型賃金体系はその発想を引き継ぎ、年齢と扶養家族数で賃金を決めた。年功序列は、こうして何層にも重なってできている。
興味深いのは、1950年代から60年代にかけて、政府も経営側もこの仕組みに反対していたことだ。1957年に日経連は、「生涯雇用制度」から生まれた昇給制度はそのままでは存続し得ないと述べた。1960年の国民所得倍増計画は、終身雇用制と年功序列制を廃止し、企業を超えた労働市場をつくる方向を掲げている。政策が日本型雇用の維持へ転じるのは1970年代以降で、同じ時期に裁判所の判例が解雇権濫用の法理を固め、2003年の労働基準法改正で条文になり、2008年施行の労働契約法第16条に引き継がれた。
古くもなく、反対された歴史もある。高度成長の三十年のあいだに、企業と組合と政府が選び取った取り決めというのが、実像に近い。
実際に享受している人はどれだけいるのか
推計では、一割に届かない。
2009年4月、総合研究開発機構(NIRA)が『終身雇用という幻想を捨てよ』という、ずいぶん強い題の報告書を出した。執筆は東京大学の柳川範之である。報告書は厚生労働省の2006年賃金構造基本統計調査を使って、終身雇用と呼べるほど長い勤続年数を経験しているのは誰かを調べた。答えは、従業員1,000人以上の製造業に勤める男性だけだった。50〜54歳で平均勤続30.2年、55〜59歳で33.7年。この集団は調査対象の雇用者2,156万人のうち190万人、8.8%にあたる。総務省の労働力調査を分母にすると、さらに小さく4.0%になる。報告書自身が断っているとおり、これはその区分に属する雇用者の割合で、定年まで勤め上げた人を数えたものではない。実際に享受した人の数というより、上限に近い数字として読むほうがいい。
同じ報告書は、学校を出て最初に入った会社に勤め続けている正規労働者の割合も引いている。男性で3割以下、女性で25%未満、しかも低下傾向にあった。
それが2006年の数字だ。いまはどうか。厚生労働省の2025年賃金構造基本統計調査では、一般労働者の平均勤続年数は12.7年、男性14.2年、女性10.4年で、平均年齢は44.4歳。大企業の男性で15.9年、小企業の男性で12.5年である。44歳で勤続13年ということは、平均的な人は30代に入ってからいまの会社に来ている。日本人は一社に何年いるかに、この数字の読み方を書いた。
それでも、日本人は口では終身雇用を支持している。労働政策研究・研修機構の定点調査「勤労生活に関する調査」の第8回(2021年、有効回答2,388人)では、82.0%が終身雇用を「良い」と答えた。1999年の72.3%から上がり続け、2015年に87.9%で頂点に達し、2021年に82.0%へ戻した。20代でも75.1%が支持している。
ところが同じ調査で、自分のキャリアとして一つの企業に勤め続けたいと答えた人は36.6%しかいない。2015年には50.9%だった。八割が良いと言い、三割台が自分で望み、一割に満たない人が実際に持っている。この数字を並べると、制度のいまの姿になる。
終身雇用は、八割が良いと言い、三割台が望み、実際に持つのは一割未満だ
割合(%)。支持率と本人の希望:労働政策研究・研修機構「第8回勤労生活に関する調査」(2021年、n=2,388)。及ぶ範囲:NIRA報告書(2009年)が厚生労働省「賃金構造基本統計調査」2006年から算出した、1,000人以上製造業の男性が調査対象雇用者に占める割合
- 終身雇用は「良い」2021年82.0%
- 自分は一つの企業に勤め続けたい2021年。2015年は50.9%36.6%
- 終身雇用と呼べる勤続年数の集団1,000人以上製造業の男性、2006年8.8%
期待は文化で、及ぶ範囲は制度である。経営者が扱うのは制度の層だ。
経営者にとって何を意味するのか:どの期待が交渉できるのか
社員の期待を三つの層に分けると、それぞれ扱い方が違う。
一層目は法律である。簡単には解雇できない。これは終身雇用が伝統かどうかと関係がない。労働契約法第16条は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇を無効とし、整理解雇には四つの要件がある。この層は交渉の対象にならず、日本で事業をする以上は前提として受け入れるものだ。辞めてもらうときに実際にいくらかかるかは日本で社員に辞めてもらうと、いくらかかるのかに書いた。
二層目は制度の慣性である。定期昇給、年齢とともに上がる給与、定年まで会社が面倒を見ること、その代わりに転勤と異動と残業を受け入れること。大企業の取り決めが残した既定の設定で、日本の候補者は面接にこの表を頭に入れて来る。ここは交渉できる。ただし、別の表を差し出すことが条件になる。職務を書面で定義する、転勤を求めない、職務に対して払う、評価の基準を見える場所に置く。何も差し出さずに「外資なので、そういう制度はありません」とだけ言えば、候補者には「この会社には何の保障もない」と聞こえる。ジョブ型を名乗る日本企業のうち実態が伴う会社は多くないことを「ジョブ型」を名乗る会社の実態に書いたが、裏を返せば、本当にやっている会社は目立つ。
三層目は本人の希望である。一社で勤め上げたい人は36.6%で、残りの六割あまりは一生同じ会社にいたいわけではない。ただ、理由もなく追い出されたくはない。この二つを、外国の経営者はしばしば一つのものとして扱う。「保障」と「一生」を切り分ければ、会社が出せる保障は意外に多い。理由のない解雇はしない、昇給には規則がある、評価には記録が残る。
実務でやることは一つだ。入社前に、交換の条件を書いておく。会社が何を出し、何を出さず、本人に何を求めるのか。大企業の取り決めがよくできていたのは、条件が不文律でありながら、誰もが知っていた点にある。その暗黙の了解がない会社は、文字に頼るほかない。
確信のないところが二つある。一つは、36.6%という数字が2021年、つまりコロナ禍の最中のものだということで、次回の調査で戻るかどうかは分からない。もう一つは、中小企業で働いてきた人は終身雇用をそもそも享受していないので、大企業出身者とは期待の形がまるで違うということだ。「日本の社員は何を望むのか」という問いには、その人がどこから来たのかを聞いてから答えるほうがいい。
出典(2026年10月時点)
- NIRA 総合研究開発機構「終身雇用という幻想を捨てよ」(柳川範之、2009年4月。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」2006年に基づく)
- 労働政策研究・研修機構 リサーチアイ第88回「第8回 勤労生活に関する調査」結果より(郡司正人、2025年7月25日)
- 厚生労働省「令和7年賃金構造基本統計調査」結果の概況
- 濱口桂一郎「日本の雇用システムと高齢者雇用の問題点」労働政策フォーラム資料(労働政策研究・研修機構、2019年1月)
- 濱口桂一郎「ジョブ型雇用と賃金制度」中央労働委員会 労使関係セミナー資料(2025年10月)
- コトバンク「終身雇用制」(世界大百科事典:アベグレン1958年、第一次大戦ころからの制度化、引抜き防止)
- 厚生労働省「労働契約の終了に関するルール」(労働契約法第16条、整理解雇の四要件)