組織と採用
ゼロからの人事評価、一年目は公平を狙わない
段階と分布は二年目に
佐藤伸明約7分
小学校の通知表を思い出すと、先生のコメント欄のほうが、三段階の評定よりよほど記憶に残っている。「理科の観察ノートを毎回ていねいに書いていた」と書かれた一行は、何十年たっても覚えている。立ち上げたばかりの会社や新設の日本法人で人事評価をつくるとき、多くの会社は評定のほうから手をつける。評価項目を五つ、段階を五つ、さらに分布の目安まで決める。公平で、細かく、多面的な制度を一年目から目指すと、制度は動く前に固まってしまうことが多い。
なぜ一年目の精緻な評価制度は固まってしまうのか
一年目には事実がないからだ。細かい評価は、ある職務で何ができれば「よい」で何なら「普通」かがすでにわかっていて、実際に人がどう分布するかを一度見たことがある、という前提の上に立っている。新しい会社には、そのどちらもない。職務は決めたばかりで、人は採ったばかりで、顧客とは話し始めたばかりだ。そこへ五段階かける五項目の表を持ち込んでも、出てくるのは評価者の印象である。
人数も足りない。社員八人の会社で上位10%、下位10%の分布を当てはめると、0.8人という答えが出る(0.8人をどう昇給させるかは、なかなかの難問だ)。分布の目安は、数千人規模で意味を持つ道具である。八人で順位をつければ、たいていは社長との距離の順になる。
大きな会社も、すでに引き返し始めている。デロイトは2015年、Harvard Business Review誌で、評定をつける作業だけで年に200万時間近くを使っていたと明かした。同じ記事は2000年の研究を引き、評定のばらつきの62%が評価者自身の見方の癖で説明できたと紹介している。デロイトが新しく設計したのは、チームリーダーが毎週メンバー一人ひとりと短く話す仕組みだった。マイクロソフトは2013年11月、人事責任者リサ・ブルメルの社内メールで社員のランキング制度をやめ、「カーブはもうない」「ランキングはもうない」と伝えている。
日本の社員は、評価のどこに不満を持っているのか
細かさより、基準のわかりやすさである。
アデコが2018年に20代から60代の有職者を対象に行った調査(有効回答1,532人)では、勤務先の人事評価制度に不満があると答えた人は62.3%だった。理由の一位は「評価基準が不明確」で62.8%、二位は「評価者の価値観や業務経験によって評価にばらつきが出て、不公平だと感じる」で45.2%、三位は「評価結果のフィードバック、説明が不十分、もしくはそれらの仕組みがない」で28.1%である。一方、同じ調査で評価する側に立つ人の77.8%は、自分は部下を適切に評価できていると答えている。
評価される側の六割が不満で、評価する側の八割近くが問題を感じていない。このあいだにある溝は、基準が書かれていないこと、そして結果が言葉で説明されていないことだ。評価項目を増やしても、この溝は埋まらない。
期首面談で目標を決め、期末にそれと照らして評価する。目標管理(MBO)の形をとる会社も多い。この慣行自体はよくできている。つまずくのは期首の書き方で、「業務を積極的に推進する」「顧客満足度を向上させる」と書けば、期末に照らし合わせる材料がない。そこへ、真ん中に寄りやすい日本の評価の癖が重なる。「どちらともいえない」は、答えになっているで書いた傾向だ。五段階の表は、気がつけば一面の「3」になる。
一年目にやることは三つまでにする
期待を書く、事実を記録する、一度話す。一年目はここまででよいと私は考えている。
期待を書く。入社して最初の一か月か期首に、上司と本人が座って、期待をいくつか書き出す。一つひとつを「どうなっていればよいか」で書く。半年で販売代理店を二社開拓する、公開できる最初の導入事例を年内に出す、三か月続けて納期を守る、といった具合だ。日本法人をゼロから立ち上げるで書いたとおり、一年目は活動量より節目で見る。電話の件数や訪問件数は、一年目の期待には入れなくてよい。
事実を記録する。毎月十分ほど、上司が一人につき二、三件、起きたことを書いておく。誰が、何をして、どうなったか。本人の「私がこの案件を進めた」は、まず主張として書き、ほかの人の話や結果と合ったときに事実として扱う。主張と事実を分けて書くのは、推測しないための決まりの最初に置いた規則でもある。一年たてば一人あたり二、三十件の記録がたまる。どんな評定表より、これが役に立つ。
一度話す。年度末に、期首に書いた期待と一年分の記録を手元に置いて、一人ずつ話す。どの期待に届き、どれに届かなかったか。届かなかったのは本人の問題か、期待の置き方がそもそも違っていたのか。一年目は、後者もかなり多い。この面談では、まだ段階をつけない。
では、賞与はどう決めるのか。一年目は、期待の達成度に上司の判断を足して決め、判断には理由を書き、その理由を記録した事実に結びつけておく。精緻とは言えないが、説明はできる。日本の社員が説明をどれだけ重く見ているかは、先の調査の数字が示している。
一年目の評価は「一度話す」までにとどめ、段階づけは一年分の事実がたまってから決める
新設の日本法人や数十人規模までの会社向けに筆者が勧める流れ。見立てであり、統計ではない
- 1か月目期首面談で期待を書く一つずつ「どうなっていればよいか」で書く。活動量でなく節目で
- 毎月上司が事実を記録する一人二、三件。誰が、何をして、どうなったか。本人の説明はまず主張として
- 12か月目事実をもとに一度話す期待と照らし、本人の問題か期待の置き方の問題かを分ける。段階はまだつけない
- 2年目から分布を見て段階を決める一年分の記録を並べ、実際の分布を見てから、何段階にするか、分布の目安を置くかを決める
一年目にためるのは事実である。段階も分布もカーブも、二年目でよい。
二年目に、分布と段階の話をする
一年分の記録を並べると、はじめて実際の分布が見える。八人のうち二人ははっきり期待を超え、五人は届き、一人は大きく届かなかった、ということもあるだろう。八人全員が届いた、ということもある。期待が低すぎたのだ。この二つでは直すべきものがまるで違うし、それは事実がたまるまで見分けられない。
そこで初めて、何段階にするか、各段階に何を書くか、報酬とどうつなぐかを決める。段階の定義は、一年目に記録した実際の出来事を使って書くほうが、本社の表から写した形容詞よりずっと使いやすい。分布の目安については、人数が数十人を超え、評価者が二、三人では済まなくなり、評価者のあいだで尺度をそろえる必要が出てきたときに考えれば十分だと思う。
本社の制度が無駄だというつもりはない。日本法人がある程度の規模になれば、本社の制度に合わせる日は来る。立ち上げ期の日本法人を、本社の型で管理しないで書いたのは、その時期の話である。
一年目、不公平だと感じる人は出る
出る。いちばんよく働いた人は、及第点の人と似たような面談を受け、賞与の差もそれほど開かない。これはこのやり方の代償で、ないことにはできない。
できるのは、その一度の面談ではっきり伝えることだ。今年は事実をためる年で、あなたが達成したことはここに記録してある、来年段階をつけるときに使う、と。そして二年目に本当に使う。冒頭の通知表でいえば、一年目に書くのはコメント欄だけで、評定の欄は空けておくことになる。空欄のまま渡すのは少し勇気がいる。ただ、コメント欄に具体的な出来事が書いてあれば、受け取る側は思ったよりちゃんと読むものだと私は思っている。
出典(2026年11月時点)
- Marcus Buckingham & Ashley Goodall, "Reinventing Performance Management," Harvard Business Review(2015年4月)
- CNN Money, "Microsoft kills employee-ranking system"(2013年)
- MONOist「有職者の6割以上が現在の人事評価制度に「不満」あり」(アデコ2018年調査。アデコの公式サイトでは原資料を確認できず、数字はMONOistの報道による、2018年)
- 日本の人事部「6割以上が勤務先の人事評価制度に不満、約8割が評価制度を見直す必要性を感じている」(アデコ2018年6月18日発表のプレスリリースの転載、2018年)