佐藤伸明 Nobu Sato

中途求人票の年収は平均513万円。経験の有無で114万円開く

平均は求人票の中間値で、支払額ではない

目次4
  1. 513万円は、何を数えた平均か
  2. 114万円は、誰と誰の差か
  3. 平均が上がる理由の一部は、中身の入れ替わりである
  4. 自社の提示額に置き換えると

「中途の初年度年収が平均513万円で過去最高」という見出しを見て、自社の提示額が低すぎるのではと気になった人は多いと思う。マイナビキャリアリサーチラボが2026年10月15日に公表した数字で、2026年度上半期(4〜9月)の『マイナビ転職』正社員求人の平均は513.2万円、5年前より60.0万円高い。ただ、この513万円は誰かが受け取った年収ではない。そして見出しの後半にある「114万円の格差」のほうが、採用の現場ではずっと使い道がある。

513万円は、何を数えた平均か

求人票に書かれた年収の平均である。『マイナビ転職』にその月に新規掲載された正社員求人について、年収の下限と上限の中間をとり、それを平均している。「400万〜550万円」の求人なら475万円として数える。正社員以外の求人は入らない。厚生労働省「国民生活基礎調査」の所得分布で上位1%にあたる額は外れ値として除いている。

分母は求人の件数である。採用した人数でも、内定者の数でもない。一件で十人採る求人も、一人も採れなかった求人も、同じ一件として数えられる。だからこの数字が示すのは、企業が求人票で示した値付けの水準であって、実際の支払額や、転職した人の賃金が上がったかどうかはわからない。後者については、厚生労働省の雇用動向調査で転職者本人に聞いた結果を「転職で賃金が上がった人は4割、下がった人は3割」にまとめた。求人の数字が過去最高でも、本人の手取りの話は別の物差しになる。

そのうえで、値付けの水準が上がり続けているのは確かだ。月次で見ると2026年7月が521.3万円で集計開始以来の最高、9月は512.5万円で、前年同月の497.4万円より15.1万円高い。

114万円は、誰と誰の差か

見出しを付けた記事の本文は確認できていない。マイナビの公表資料にも「114万円」という言葉は出てこない。公表された数字のなかで合うのは、2026年9月の経験者求人と未経験者求人の差である。経験者を求める求人の平均が572.2万円、未経験可の求人が457.4万円で、差は114.8万円。7月はもっと開いていて、585.6万円と456.8万円、128.8万円の差だった。

同じ「正社員の中途求人」でも、すぐ仕事ができる人と、育てるつもりで採る人とでは、求人票の段階で100万円以上の値札の差がついている、ということになる。経験の値段と言ってもいい。

業種でも差は大きい。上半期の平均で金融・保険が625.2万円、IT・通信・インターネットが592.9万円、コンサルティングが570.0万円。5年前と比べた伸びは金融・保険が145.7万円、IT・通信・インターネットが91.2万円で、全体の60.0万円を大きく上回る。本社所在地で分けた9月の数字では、関東536.4万円、近畿511.4万円、東海496.2万円である。

面白いのは、経験の差と業種の差が重なるところだ。9月の未経験者求人だけを業種別に見ると、いちばん高いのはIT・通信・インターネットの524.1万円で、全体の平均512.5万円を上回る。IT業界の「未経験可」には、市場全体の平均より高い値札が付いているわけだ。平均を一つ見ただけでは、こういう重なりは見えない。

平均の513万円は真ん中に立っているだけで、経験の有無だけで求人の値札は114.8万円開く

『マイナビ転職』正社員求人の初年度年収(万円)。各求人の年収下限と上限の中間値の平均。上段は2026年9月、下段は2026年度上半期(4〜9月)の業種上位3つと全体。マイナビキャリアリサーチラボ、2026年10月15日公表。横棒は625.2万円を上限とする

平均値区分ごとの値

経験の要否別 2026年9月
  • 経験者求人全体の48.0%
    572.2万
  • 全体
    512.5万
  • 未経験者求人全体の52.0%
    457.4万
業種別 2026年度上半期
  • 金融・保険5年で+145.7万
    625.2万
  • IT・通信・インターネット5年で+91.2万
    592.9万
  • コンサルティング5年で+54.9万
    570.0万
  • 全業種5年で+60.0万
    513.2万

平均は市場が上がっていることを教えてくれる。提示額は、どの層の人を採るかで決まる。

図1 『マイナビ転職』正社員求人の初年度年収は2026年度上半期に平均513.2万円で過去最高となった。2026年9月は経験者求人572.2万円、未経験者求人457.4万円で差は114.8万円、業種別では金融・保険625.2万円、IT・通信・インターネット592.9万円である。

平均が上がる理由の一部は、中身の入れ替わりである

9月の求人のうち経験者求人は48.0%で、前年同月より5.2ポイント増えた。値札の高いほうの比率が増えれば、それぞれの値札が変わらなくても平均は上がる。マイナビ自身も、経験者求人比率の上昇が平均を押し上げている可能性を挙げている。

どのくらい効いているのか、手元の数字で粗く見積もってみた。今年9月の差114.8万円に比率の増加5.2ポイントを掛けると約6万円。前年同月からの上昇15.1万円のうち、4割ほどは構成の変化で説明できる計算になる。両者の差が前年も同じくらいだったという仮定を置いた私の試算で、マイナビが分解した数字ではない。

もう一つ気になる数字がある。9月の求人件数は前年同月の140.8%なのに、応募数は98.8%にとどまった。求人は4割増え、応募は増えていない。経験者の取り合いがそのまま値札に出ている、と読むのが自然だと思う。

自社の提示額に置き換えると

外資の日本法人によくあるのが、「市場平均は500万円台」という一つの数字を基準にして、どの職種にも同じ感覚で提示額を決めるやり方だ。気持ちはわかる(本社に説明しやすいのは、たいてい平均値である)。ただ、採りたい人が平均の位置にいることはめったにない。

日本の顧客を知っている営業や、入ってすぐ手を動かせるエンジニアを求めるなら、比べる相手は572万円の経験者求人の層で、候補者がいま金融やITの会社にいるなら、本人の頭にある相場は600万円前後になる。513万円で声をかければ一次面接の前に辞退が来る。それを「日本人は採りにくい」と片付けてしまうと、次も同じことが起きる。

逆に、未経験から育てる前提なら457万円前後は筋の通った出発点だ。そのかわり、立ち上がるまでの半年は費用として見ておく必要がある。

場所の差も見落とされやすい。本社所在地が関東の求人と東海の求人とでは、9月の平均で40万円ほど違う。東京に置いた日本法人の予算を「全国平均」で組めば、そこでもう一段足りなくなる。

人材マップに給与を書くなら、平均の一点より幅で、しかも円ごとに書いたほうがいいと考えている。同じ業界・同じ職種の一つ目の円にいる人がいくらで、隣の業界の二つ目の円にいる人がいくらで、それぞれ下限と上限がどこか。人材マップが答えているのは「どこに誰がいて、いくらかかるか」という問いで、円の切り方は二枚の地図のページに書いた。

付け加えると、年収の幅が広い求人ほど中間値はあてにならない。「400万〜800万円」は600万円として集計されるが、内定額が幅のどこに落ちるかは、この集計からはわからない。513万円はあくまで求人票の上の値札で、実際の支払額がこれより高いのか低いのかは、別のデータで確かめるしかない。

513万円は、本社に「日本の採用コストは上がっている」と伝える材料としては十分に使える。一人ひとりの提示額を決める材料としては、粗すぎる。


日本市場での立ち上げについて、三言語で書いています。