佐藤伸明 Nobu Sato

貸し借りの帳簿は、組織図より正直だ

貸し借りの帳簿は、組織図より正直だ

連載「人は組織図どおりには動かない」 · 第3回/全13回 · 第一部 · 人はどう群れるか
序章:組織図に載っていない人

ある部署が他部署から人を借りたい。組織図どおりなら承認を回す。実際には、責任者が相手の責任者に電話を一本かけ、その日のうちに借りられる。前の四半期に、相手の急ぎの仕事を引き受けたからだ。

こういうことは、どの会社でも毎日起きている。組織図には載っていないが、どれだけの仕事が進むかを決めている。

与える、受け取る、返す

人類学者マルセル・モースの1925年の『贈与論』は、太平洋の島々や北米の部族の交換を調べたものだが、結論はどの組織にも当てはまる。贈り物は決して無償ではない。贈与には三つの義務が伴う。与える義務、受け取る義務、返す義務。受け取りを断ることは関係を断ることで、受け取って返さないことは関係の中で負債を抱えることだ。交換されているのは物ではなく、関係そのものである。

日本の職場は、この仕組みを多くの社会より精緻に回している。「借り」「貸し」は日常語だ。シフトを代わる、責任をかぶる、会議で援護する、お歳暮を送る。どれも帳簿のつけ方で、誰も書き出さないが、全員が自分の残高を知っている。

これを人情社会の遅れと見て、制度に置き換わるものだと言う人がいる。私はそう思わない。モースの観察では、互酬は人が群れるための底層の仕組みの一つで、制度はその上に組まれている。制度は交換の一部を表に出すことはできても、消すことはできない。

組織図は権限を描き、帳簿は信用を記す

組織図が答えるのは「誰が誰に指示できるか」だ。貸し借りの帳簿が答えるのは「誰が誰のために少し余計に動くか」だ。二つの帳簿はしばしば合わない。

組織図では低い位置にいる人が、十年間誰の頼みも引き受けてきたために、帳簿の上では社内最大の債権者であることがある。その人の一言は部長の指示より効く。これが序章で書いた影響線だ。逆に、外から来た役員は、組織図上の権限は大きくても帳簿の残高はゼロで、指示は実行されるが、少し余計に動いてはもらえない。

組織図· 誰が誰に指示できるか· 権限は任命から· 外から来た役員:高い貸し借りの帳簿· 誰が誰のために余計に動くか· 信用は与える・受ける・返すから· 外から来た役員:ゼロ二つの帳簿はしばしば合わない

Fig.1組織図は権限を、帳簿は信用を記す。同じ人の位置が、二つの帳簿で正反対になりうる。

日本法人でいちばん典型的なのは、本社から送られてきた人だ。本社の権限を持っているが、東京の帳簿には一円も残高がない。最初の二年は、管理しているというより、預金している期間だと考えたほうがいい。わかっている人はまずいくつか頼みを引き受けてから要求を出す。わかっていない人は最初から要求を出し、誰も余計に動かないことに気づく。

設計上の結論:清算せず、守る

貸し借りが機能しているのを見ると、本社の多くは「属人的だ」と反応し、プロセスで置き換えようとする。結果、プロセスは回るが仕事は遅くなる。電話一本で済んでいたことが、三日の承認待ちになるからだ。

私の提案は逆だ。貸し借りの帳簿を組織の一部として認め、制度を設計するときに清算せず、守る。三つある。

一つ、帳簿が不公平に転じないようにする。頼みは引き受けてよいが、昇進と昇給は等級で決め、貸し借りでは決めない。帳簿が司るのは「少し余計に動く」であって、「いくらもらう」ではない。二つ、新しく来た人に預金する機会を与える。外から来た役員の最初の三か月は、要求を出す場ではなく、誰かを助けられる仕事を用意する。三つ、帳簿の最大の債権者を異動させない。その人が去るとき、持っていくのは社内の信用残高で、どの引き継ぎ書にも載らない。

診断への接続

組織診断モデルでは、三本の意思決定の連鎖をたどって実際に決定を左右する人を探す。たどりながら、一歩ごとに一つ聞く。この件が通ったのは、誰が誰に借りがあったからか。答えはたいてい、組織図よりずっと正直だ。

自社の帳簿の最大の債権者は、組織図のどこにいるだろうか。

連載
前回:5人、15人、50人、150人。組織図を描き直すとき
次回:50メートル離れると、会話は消える

この帳簿は、会社を辞めたあとも個人の側で動き続ける。辞め方が何年も読み返される話は辞め方は帳簿に残るに書いた。


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