佐藤伸明 Nobu Sato

有価証券報告書の人的資本開示を、どう読むか

有価証券報告書の人的資本開示を、どう読むか

市場マップと人材マップを描くとき、いちばん足りないのは競合の社内の情報だ。何人いて、どれだけ長く勤め、いくらもらい、女性は昇進しているか、男性は育休を取っているか。これらを日本の上場企業は毎年公開している。有価証券報告書に書かれていて、誰でも無料で取り出せる。読む人は少ない。

何が必須になったか

有価証券報告書の「従業員の状況」には、何十年も前から四つの数字がある。従業員数、平均年齢、平均勤続年数、平均年間給与。2023年3月期から、金融庁の内閣府令改正で二つが加わった。

一つは文章で、人材育成方針と社内環境整備方針、それに対応する指標と目標。もう一つは三つの数字で、女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金差異。三つの数字は、女性活躍推進法などで公表義務のある会社に限られるが、実質的には大企業のほぼ全部が書くことになる。

以前からの四つ従業員数平均年齢平均勤続年数年齢と一緒に平均年間給与÷ 年齢 = 年功の傾き2023年からの三つ女性管理職比率賃金差と一緒に男性育休取得率心理的安全性の代理男女間賃金差異全国は約75

Fig.1有価証券報告書「従業員の状況」の六つの数字と、文章の一塊(人材育成方針、社内環境整備方針、指標と目標)。

六つの数字で、一枚の組織像

古い四つと新しい三つを並べ、範囲の問題(あとで書く)を一つ差し引けば、会社のサイトの「人材を大切にしています」よりはるかに多くのことが読める。

平均勤続年数と平均年齢を一緒に見る。勤続18年、平均年齢44歳なら、入ったら辞めない会社で、昇進は年数で決まり、中途入社は外様扱いされる。勤続5年、平均35歳なら流動型で、中途が普通。この二種類の会社では、エージェントが動かせるか、給与交渉の余地、面接で何を話すべきかが、まったく違う。日本人は一社にどれだけ勤めるかに全国の物差しを書いた。

平均年間給与を平均年齢で割ると、もっとも粗い「年功の傾き」が出る。年収が同じ800万円の二社で、平均46歳と平均38歳なら、後者のほうが若い人にずっと多く払っている。

男性育休取得率は、心理的安全性の代理指標として見ている。全国は2024年度で40.5%。80%と書く会社では男性社員が休みを言い出せて、上司が止めない。15%の会社では、制度はたいていあるが、誰も使えない。どんな「雰囲気が良い」という記述よりも硬い情報だ。

女性管理職比率と男女間賃金差異は一緒に読む。比率が高く差が小さいなら、本当に昇進している。比率が高く差が大きいなら、昇進先の多くが低い等級。比率が低く差が小さいなら、女性は少ないが待遇は平等かもしれない。全国の課長相当職以上の女性比率は13.1%。

範囲:同じ会社に四つの数字

最大の落とし穴は範囲だ。同じ指標でも、提出会社単体、国内連結、海外連結、全連結で、まったく違う四つの数字になりうる。日立の2025年の有報では、女性管理職比率は6.8%から22.7%まであり、どれも正しい。同じ会社に、四つの女性管理職比率でこの例を分解した。

規則は一つ。二社を比べる前に、範囲を揃える。多くの上場企業は単体の数字しか書かず、一社の単体を別の会社の連結と比べれば、結論は間違う。

使い方:三段階

一段目。EDINET で社名を検索し、最新期の有価証券報告書を取り、「従業員の状況」を開く。五分。

二段目。六つの数字を一枚の表に入れ、同業の二、三社と並べる。この表が人材マップの「職能クラスター × 会社」の層の初版で、エージェントの口頭の判断より信頼できる。

三段目。推移を見る。有報は年に一期なので三年分を並べ、勤続年数が伸びているか縮んでいるか、男性育休が伸びているか止まっているかを見る。静止した数字は描写で、三年の変化は判断だ。

教えてくれないこと

これらの数字が語るのは構造であって、文化ではない。男性育休80%の会社にも、毎日辞めたくなる部署はありうる。そこを埋めるのは別の情報源で、退職者への聞き取りや、従業員調査の中間回答だ。だが出発点として、無料の六つの数字は多くの有料レポートより正直だ。

最近調べた会社の平均勤続年数は何年だっただろうか。調べていなければ、今日五分だけ。


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