佐藤伸明 Nobu Sato

市場地図で次の会社を選ぶ

人材の重なりと事業上の脅威の二軸で、転職先の会社を四つに分ける市場地図

手元に、知名度や年収ランキングの順に並んだ社名のリストがある。「この中ならどこがいいと思いますか」と聞かれることも多い。リストはどれも参考にはなる。ただ、その会社があなたにいくらの値段をつけるかは、そのリストからは読めない。

私は仕事柄、採用や競合調査のたびに市場地図を描いている。会社を地図に載せる理由は二つしかない。人材が重なっているか、事業上の脅威になっているか。今回はこの道具を、求職者が自分のために使う形にしてみたい。

いちばん高く買うのは、どんな会社か

私の見立てはこうだ。あなたの経験と人材が重なっている会社と、あなたの今の会社を事業上の脅威として見ている会社。この二つに同時に当てはまる会社が、いちばん高い値段をつけることが多いと感じている。

以前、人材マップのどの円に自分がいるかについて書いた。あれは、ある求人の地図の上で自分の位置を確かめる話だった。今回は向きが逆になる。自分を真ん中に置いて小さな地図を描き、どの会社へ歩いていくかを決める。

人材の重なり(あなたの職能の束を持つ人がいるか)→ 事業上の脅威(今の会社と客を取り合うか)→ 脅威だけ 欲しいのは市場の知識。 職能が遠いと、配属先で迷われる 両方:最も高く買う 採らなかった場合の失注と比べられる。 事業責任者が自分で動く どちらもなし 応募はできる。値段は社内の 相場で決まり、上がりにくい 重なりだけ 採用はされやすい。値段は 等級表に沿って決まる

Fig.1人材の重なりと事業上の脅威の両方がある会社では、あなたの採用は失う売上と比べられるため、提示額が上がりやすい(筆者の見立て)。

人材の重なりは、肩書きより職能の束で見る

重なりを測る単位は「職種×会社」で、いちばん小さな単位は職能の束(ファンクション・クラスター)になる。人材マップは名簿ではないという記事でも触れたが、地図の価値は、何で線を引くかでほぼ決まる。

たとえば「法人営業」という言葉は粗すぎる。小さな店舗を毎日回り、断られながらサービスを置いてもらう営業と、大企業の購買部門を相手に半年かけて稟議を通す営業では、毎日の動きがまるで違う。前者の束は、業界が違っても、同じ店に別の商材を売る営業とよく重なる。

自分の束を書き出すときは、肩書きを使わない方がうまくいく。この三か月、誰を相手に、何を、どんな頻度でやってきたか。三、四行で書く。エンジニアなら「決済の照合処理を作り、銀行側の仕様変更に合わせて直してきた」くらいの粒度だ。

その束を持つ人が働いている会社は、求人票で探すのがいちばん早い。職種名で検索すると、同じ名前で中身の違う求人ばかり出てくる。業務内容の欄に出てくる動詞や相手先で探すと、思っていなかった業界の会社が地図に入ってくる。

脅威は事業ラインの単位で見る

二つ目の軸は、誰があなたの今の会社と客を取り合っているかだ。ここでよくある間違いは、会社全体どうしで比べてしまうことである。競合の選び方を間違えるでも書いたとおり、脅威は事業ラインの単位で測る。大きな会社の一部門が、あなたの会社の主力事業とまともにぶつかっている、ということは珍しくない。

現場にいる人は、この情報をすでに持っている。商談で客が比べていた相手、失注したときに取られた先。使ってよいのは「どこと競っているか」という市場の知識までで、顧客リストや価格表のような社内の情報は、言うまでもなく持ち出してはいけない。

日本で使える公開情報

手元の感覚は、公開情報で確かめられる。私がよく使うのは次の三つだ。

  • 有価証券報告書(金融庁のEDINETで閲覧できる)。「従業員の状況」にはセグメント別の従業員数と、提出会社の平均年齢・平均勤続年数・平均年間給与が載る。数年分を並べると、どの事業に人を足しているかが見える。2023年1月31日の内閣府令改正により、2023年3月期以降は、女性活躍推進法などで公表している会社なら女性管理職比率、男性の育休取得率、男女間賃金差異もここに入る。「事業等のリスク」に競争環境を書いている会社もある。
  • 中途採用比率。労働施策総合推進法により、2021年4月1日から、常時雇用する労働者が301人以上の企業は、正規雇用労働者の採用者に占める中途採用者の割合を、直近3事業年度分、おおむね年1回公表することになっている(厚生労働省のリーフレット、2026年10月時点)。公表先は自社サイトか、厚生労働省の「しょくばらぼ」だ。ここでいう中途採用は「新規学卒等採用者以外」の雇い入れを指す(同Q&A)。
  • 求人票。同じ束の求人が何本出ているか、いつから出ているか。半年以上同じ求人が載り続けている会社は、埋まっていない可能性が高い。

中途採用比率は、読み方に少しコツがいる。三年続けて高い会社は、外から人を買う習慣がある。急に上がった会社は、新しい事業か、何かへの対応で人を急いで足している。脅威の軸と合わせて見ると、後者が自分の今の会社への対応なのかどうか、だいたい見当がつく。逆に比率が低い会社では、中途入社者は少数派になる。悪いことではないが、立ち上がりには時間がかかると思っておいた方がいい。

なぜ脅威を感じている会社は高く払うのか

重なりだけの会社にとって、あなたの採用は人件費の一行で、値段は社内の等級表に照らして決まる。脅威を感じている会社では、比べる相手が変わる。あなたを採らなかった場合に失う売上が、比較の相手になる。事業責任者が自分で面接に出てきて、等級表の例外を通しにいく。私が見てきた範囲では、オファーが早く、交渉の幅が広いのはこちらの会社だ。

立ち上がりが短いことも値段に入っている。客も競合も知っている人は、入社した月から商談の相手を説明できる。

脅威のある会社がどのくらい上乗せするのかを示す公的な統計を、私は見つけられていない。経験からの見立てとして読んでほしい。それから、日本では直接の競合に移ることに抵抗を持つ人も会社もまだ多い。就業規則や入社時の誓約書に競業避止の条項が入っていることもあるので、動く前に一度読み直しておくと安心だ。迷ったら総合労働相談コーナーか弁護士に聞くのが確実だと思う(ここに書いたのは一般的な情報で、法的な助言ではない)。

もう一つ。301人未満の会社やスタートアップには中途採用比率の公表義務がなく、有価証券報告書も上場企業にしかない。地図の小さい会社のあたりは、どうしても空白が残る。そこは人に聞くしかない。

地図を描き終えたら

四つの区画に会社を置いてみると、両方に入る会社は意外に少ない。三社あれば十分だと思う。応募の順番もそこで決まる。オファーが出たら、五段階でオファーを確かめる手順で、条件と自分の四層を突き合わせてほしい。値段が高いことと、自分に合うことは別の問いだからだ。

最後に一つだけ考えてみてほしい。あなたの今の事業を、いちばん気にしているのはどこの会社だろう。その会社はたぶん、まだあなたの名前を知らない。


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