組織と採用
逆引きの人材マップ:辞めた人の行き先で会社を読む
逆引きの人材マップ
佐藤伸明約8分
送別会の挨拶で、次の行き先が語られることはあまりない。「少し休みます」か「まだ決めていません」で終わる。ところが半年もすると、行き先は誰かの職歴や、新しい会社のプレスリリースに静かに載る。一つの会社を辞めた人たちがその後どこへ行ったかを並べると、その会社のことが退職面談よりよくわかる。私はこれを逆引きの人材マップと呼んでいる。
逆引きの人材マップとは何か
ふつうの人材マップとは、向きが逆になる。ふつうのマップは「欲しい人がいまどこにいるか」を問う。職種から出発して、会社を外へ探していく。逆引きのマップは「この会社を出た人がどこへ行ったか」を問う。一つの会社から出発して、人の流れを外へたどる。
同じ材料でも、向きを変えると答える問いが変わる。
ふつうのマップは人を探すための道具だ。逆引きのマップは会社を読むための道具になる。その会社の人材が市場でどう評価されているか。社内のどこが詰まっているか。誰がその会社から計画的に人を引き抜いているか。古参の社員が最後にどの業界へ流れていくか。最後の問いの答えは、その会社が次に向かう先の影であることが多い。
退職理由のアンケートがなぜ本音を拾えないかは、退職理由、アンケートの答えと本音はなぜ合わないのかで書いた。行き先は、その穴をちょうど埋める。辞めるときに口にする理由は社交辞令でもいいが、どこへ行ったかは事実として残る。
行き先は、どこに書いてあるのか
上場企業の役員クラスであれば、ほぼ公開されている。
有価証券報告書の「役員の状況」には、内閣府令の様式に沿って、役員ごとに氏名、生年月日、略歴、任期、所有株式数が載る。略歴は年月単位で前職の会社名と役職まで書かれていることが多い。一社の有価証券報告書を読めば、その会社の役員がどこから来たかがわかる。逆に、多くの会社の有価証券報告書のなかで同じ出身企業の名前を探せば、その会社の人がどこへ行ったかが見えてくる。人的資本の開示も含めた有価証券報告書の読み方は、有価証券報告書の人的資本開示を、どう読むかにまとめた。
代表取締役の交代は、東京証券取引所の適時開示の対象である。「代表取締役又は代表執行役の異動」は決定事実の一つに挙げられていて、開示資料には新任者の略歴が付くことが多い。
部長、課長、エンジニアの層になると、開示の義務はない。使えるのはLinkedInの職歴、受け入れ側が出す「〇〇氏入社のお知らせ」、業界紙の人事欄、そして自分たちが面接した候補者の職務経歴書である。日本ではLinkedInの網羅性が薄いので、現場に近い層ほど面接の記録が頼りになる。
一つだけ、守ったほうがいい線がある。逆引きのマップで見るのは集計した型であって、個人の調書は作らない。「この三年で辞めた営業マネージャー二十数人のうち、半分が同じ一社に行った」は見る。特定の誰かがいま何をしているかは、追わない。
どの型を見ればいいのか
いちばん効くのは、行き先と、行った先での職位の変化の組み合わせだ。そこに辞めた時期を重ねる。
辞めた人の行き先と職位の変化は、組み合わせごとに別のことを語る
逆引き人材マップの読み方。横軸は行き先、縦軸は移った先での職位の変化。各マスは筆者の読み方で、右上は Somaya ほか(2008)の特許弁護士の移動研究を参考にした
横:同業へ/顧客・取引先へ 縦:職位が上がった/横ばい・下がった
同業へ、一段上で
育てる力はあるが、昇進の出口が詰まっている。行き先が一社に集中していれば、そこが本当の人材の競合で、人を探しに行く先でもある。
顧客・取引先へ、一段上で
業界がその会社の人を評価している。関係ごと移るので、元の会社に仕事が戻ってくることも多い。
同業へ、横ばいか下で
押し出す力が社内にある。上司か、制度か、事業そのものか。辞めた時期が何かの出来事のあとに固まっていないかを見る。
顧客・取引先へ、横ばいで
グループ内の出向・転籍や、業界を離れる前の中継ぎであることが多い。単独では何も言えず、時期と合わせて読む。
辞めた人数だけでは何も読めない。同業へ一段上で移ったマスが、いちばん目を離せない。
まず見るのは、行き先の集中である。辞めた人が二十社に均等に散っていれば、その会社の人材は市場で汎用性がある。半分が同じ一社に行っているなら、その一社は偶然で採っているわけではない。計画的に取りに来ている。二枚の地図でいう「人材の重なり」の欄に書くべき競合はそこで、事業が似ているかどうかは関係がない。もっとも、辞めた人が二十人に満たないうちは、どんな型も手がかりとして扱い、結論にはしないようにしている。
職位の変化は、元の会社の内側を語る。出たとたんに一段上がる人が多ければ、その会社は人を育てるのがうまく、そのわりに昇進の門が狭い。横ばいや格下げで出ていく人が多ければ、引っ張られたというより押し出されたと読める。
顧客の側へ移るケースには、参考になる研究がある。Deepak Somayaらが2008年に「Academy of Management Journal」に発表したもので、法律事務所とフォーチュン500企業のあいだを移った特許弁護士を追っている。弁護士が事務所から顧客企業へ移ると、事務所とその顧客との取引はむしろ良くなる傾向があり、痛手になるのは競合への流出だった、というのが大意である。辞めた人は関係を持ち去るが、その関係を玄関先に置いていくこともある(日本の取引先への出向・転籍の慣行は、これを制度にしたものかもしれない)。
辞めた時期は、出来事を語る。James Walshが1988年に「Strategic Management Journal」で発表した研究は、買収された会社の経営陣を五年間追い、離職率が通常よりはっきり高いこと、地位が高く目立つ人ほど早く辞めることを示した。買収、社長交代、人事制度の改定。そのあとには退職がまとまって出る。辞めた月が一つの出来事のあとに固まっていれば、その出来事が理由の手がかりになる。
よく知られた一枚
いちばん有名な逆引きマップは、たぶんFairchild Semiconductor(フェアチャイルドセミコンダクター)だ。1957年に八人で創業したこの会社からは、その後社員が次々に出て自分の会社を興し、IntelもAMDもその系譜に連なる。非営利団体Endeavorのリサーチ部門Endeavor Insightが2014年にまとめたところでは、Fairchildの創業者と社員にたどれる上場企業は92社、時価総額は合わせて約2.1兆ドルだった。
上の図で読むと、行き先は自分で興した会社で、職位は社員から創業者へ上がった。しかも行き先は同じ地域、同じ業界に固まっている。この会社が生み出したのは半導体だけでなく、ゼロから会社をつくれる人の一群でもあった。辞めた時期については年ごとの確かなデータが手元にないので、ここは無理に読まない。
日本にも「元リク」という言い方がある。リクルート出身者を指す言葉で、起業や人事の世界ではよく耳にする。出身企業の名前が一語の通称になるということ自体が、誰も描いていない逆引きのマップなのだと思う。
自社の分を描いてみる
逆引きのマップがいちばん役に立つのは、採用で人を探しに行く会社を選ぶときと、人材面の競合を見つけるときだ。前者なら、出た人がたいてい一段上がっている会社を狙う。市場の評価があり、しかも本人は現状に満足していないので、声をかけたときの反応がいい。後者なら、事業上の競合はとっくに知っているはずだから、人を取り合っている見えない一社を探すことになる。人材マップは名簿ではないで書いた三つの円のどこから先に当たるかを決めるのにも、逆引きは使える。
ただ、いちばん役に立ち、いちばん居心地が悪いのは、自分の会社の分を描くことである。この二、三年に辞めた人が、どこへ行き、職位は上がったか、いつ辞めたか。優秀だった数人が同じ一社に、しかも一段上の職位で移っていたなら、退職アンケートの「家庭の事情」はいったん脇に置いてよい。
手始めには、この一年の送別会で「少し休みます」と言って去った人たちが、半年後にどこにいるかを並べてみるといい。人数が少なくても、並べた時点で見え方が変わることがある。
出典(2026年11月時点)
- e-Gov法令検索「企業内容等の開示に関する内閣府令」様式(役員の状況:役職名、氏名、生年月日、略歴、任期、所有株式数)
- 日本取引所グループ「適時開示が求められる会社情報」(決定事実:代表取締役又は代表執行役の異動)
- Somaya, Williamson & Lorinkova, "Gone but not lost: The different performance impacts of employee mobility between cooperators versus competitors," Academy of Management Journal 51(5), 2008
- Walsh, "Top management turnover following mergers and acquisitions," Strategic Management Journal 9(2), 1988
- Rhett Morris(Endeavor Insight)「The First Trillion-Dollar Startup」TechCrunch(2014年)