佐藤伸明 Nobu Sato

人を増やすと、一人あたりの力は落ちる

人を増やすと、一人あたりの力は落ちる

連載「人は組織図どおりには動かない」 · 第8回/全13回 · 第二部 · 構造は行動をどう形づくるか
序章:組織図に載っていない人

三人のときは速かったプロジェクトが、八人に増やしたら遅くなった。管理職の最初の反応は「コミュニケーションコスト」で、それを解決するために会議を増やし、さらに遅くなる。この現象は、百年以上前に測られている。

綱引きの実験

フランスの農業技術者マックス・リンゲルマンは1880年代に単純な実験をした。人に綱を引かせ、力を測る。一人の平均は63キロ。三人で引くと189キロではなく160キロ、一人あたり53キロ。八人で引くと248キロ、一人あたり31キロで、一人のときの半分に届かない。人が増えるほど、一人あたりの力は落ちる。

この結果はほぼ百年埋もれ、1970年代に再発見された。1974年のインガムらの実験はこれを分解した。被験者には他の人と一緒に引いていると思わせ、実際には他の人は引くふりだけをする。それでも被験者の力は落ちた。落ちる原因は調整の問題(動きが揃わない)だけではなく、一部は動機の問題だということだ。他の人がいると知るだけで、自分は少し手を抜く。後者はのちに「社会的手抜き」と呼ばれた。

論争は比率にある。調整の損失と動機の損失がそれぞれどれだけかは、課題によって大きく違う。さらに、個人の貢献が個別に識別できる場合、動機の損失はほぼ消えるという研究がある。この最後の一点が、この話全体でいちばん役に立つ結論だ。

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Fig.1リンゲルマンの綱引きデータ。一人で63キロ、三人で一人あたり53、八人で31。二人の値は文献でよく引かれる59。

組織の中の綱引き

組織の仕事の多くは綱引きだ。何人かが同じ目標に向かって力を出し、誰がどれだけ引いているかは見えない。営業チームの四半期目標、プロジェクトの納期、部署の KPI は、どれも一本の共同の綱だ。

ここでのリンゲルマン効果はこう現れる。目標が集団のものなので、全員が合理的に少し手を抜く。貢献が見えないので、多く引いた人は認められず、数四半期後には同じように手を抜き始める。人数が増えるほど、この二つは深刻になる。進捗の問題を人の追加で解決しようとするのは、綱をより多くの人に渡して、一人あたりをさらに緩くすることだ。

日本の組織には増幅器がある。集団責任の伝統だ。「みんなで責任を持つ」は日本では美徳だが、リンゲルマン効果の前では、一人ひとりの力を見えなくする条件そのものになる。

設計上の結論:責任モジュールと、唯一の責任者

動機の損失は貢献が識別できると消えるのだから、設計の方向は明らかだ。綱を分ける。

私が使うのは責任モジュールという考え方だ。チームの仕事をいくつかに分け、各モジュールに明確な成果物と境界を持たせ、責任者を一人だけ置く。「主担当」でも「共同責任」でもなく、一つの名前。他の人が関わってよいが、問題が起きたとき誰に聞くか、うまくいったとき誰の成果かの答えは、一つしかない。

具体的な規則は三つ。一つ、モジュールの数は人数とほぼ同じにし、全員が少なくとも一つのモジュールの唯一の責任者になる。全員が自分の綱を持つ。二つ、モジュールの境界を文書にし、境界上の事柄が誰のものかを先に決める。決めなければ、モジュール間の隙間が新しい集団責任の領域になる。三つ、評価と賞与はモジュールの成果に結び、チーム全体の目標には結ばない。チーム目標は方向を決めるために使い、配分には使わない。

この規則は、私が報酬を設計するときの三つの軌道「人が等級を決め、職位が責任を決め、結果が賞与を決める」のうち、「職位が責任を決める」の根拠になっている。職位に対する報酬の部分は、一つの責任モジュールの唯一の責任者であることに払う。五割の昇給でも辞めたの記事の問題の一部は、責任が見えないことから来ていた。

診断への接続

組織を診るとき、単純な問いを一つ出す。このチームの成果物のうち、一人の名前を指せるものはどれか。指せない部分が、リンゲルマンが働いている場所だ。管理職が思っているより、たいていずっと多い。

自社のチームの四半期目標は、唯一の責任者を持つモジュールにいくつ分けられるだろうか。

連載
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