佐藤伸明 Nobu Sato

補助金の壁:ルールはあなたのために書かれていない

補助金の壁:ルールはあなたのために書かれていない

二台の軽EVがある。航続距離は近く、価格も近い。一台は国の補助金が58万円引かれ、もう一台は15万円。差は43万円で、車両価格の二割にあたる。ルールは公開されていて誰でも読める。ただ、新しく来た人のことを考えて書かれたものでもない。

今回は、市場地図の中で私が「参入の統制」と呼んでいる種類の相手の話をしたい。車は一台も売らないのに、こちらの車がいくらで売れるかを決めてしまう相手である。

補助金はどう計算されるか

日本のCEV補助金は経済産業省が設計している。2026年度の軽EVの上限は55万円で、最大3万円の加算を含めると58万円になる。ただし、各車種が実際にいくら受け取るかは、二つの部分で採点される。一つは車そのもので、電費、航続距離、ライフサイクル全体のCO2が見られる。もう一つは、メーカーが日本で何をしているかだ。公共の急速充電器の整備に貢献しているか、充電設備は自社の販売台数に見合っているか、供給は安定しているか、サイバーセキュリティの体制はあるか、整備体制と整備人材の育成は整っているか、自治体と災害連携協定を結んでいるか、GXに資する鋼材を使っているか。2026年度は、充電設備と供給の安定の二項目の重みが上がった。

日産サクラは満額の58万円。ラッコは15万円。BYDの他の二車種、ドルフィンとATTO 3の補助金は、2025年度の約65万円から2026年度は約35万円に下がった。採点項目の一つひとつを、日本のメーカーは数十年かけて積み上げてきた。全国のディーラー網はそのまま整備体制になり、電力会社との協業は充電設備に、自治体との付き合いは災害協定になる。新規参入者はこれらの項目でほぼゼロ点から始まる。誰かが狙い撃ちしなくても、自然にそうなる。

2026年度 CEV補助金(軽EV・普通EV、円)日産サクラ(上限)58万BYD ラッコ15万BYD ドルフィン/ATTO 3(2025年度)約65万BYD ドルフィン/ATTO 3(2026年度)約35万経産省 令和8年度CEV補助金の概要。車種別の額はBusiness Journal、EVsmartの報道

Fig.1メーカーの日本への「貢献」で採点される。充電設備、整備人材、供給の安定、災害協定。新規参入者はこれらでほぼゼロ点。

不公平ではなく、市場地図の一部

日本に入る会社が市場地図を作るとき、相手として挙げるのはたいてい二種類だ。顧客を奪い合う相手と、人を奪い合う相手。競合を間違えるの記事で、第三の種類があると書いた。参入を統制する相手で、補助金のルールはこれにあたる。競争はしてこないが、こちらの価格を事実上決めてくる。ここを読み落とすと、価格表は初日から間違っている。

BYDの対応は二つだった。一つは価格で、ラッコの入門グレードを214万5千円に置き、15万円を引いて199万5千円にし、車両価格で補助金の差の一部を吸収して、消費者の見る数字をサクラに近づけた。もう一つはリースで、頭金ゼロ、月々一万九千円台、補助金は月割りで織り込む。どちらもルールの外側でできる工夫で、ルールそのものには手を付けていない。

同時に、遅いほうの道も歩いている。BYDと明治産業の協業は、整備技術者の研修から始まった。採点項目でいえば「整備人材の育成」そのものだ。ディーラー網を51拠点から77拠点に広げたのは「整備体制」にあたる。この点数は一年では戻らないが、向きは合っていると思う。

ルールは変えられない。それでも、ルールが想定している種類の会社に、少しずつ近づいていくことはできる。

日本に入る前にやっておくこと

まず、採点表を全部探し出すことだ。補助金だけでなく、官公庁の調達の評価、業界団体の認証、保険会社の料率表、自治体の奨励制度もある。どの表の裏にも「貢献」の定義があって、その定義はたいてい、すでにいるプレーヤーの姿に合わせて書かれている。一つずつ書き出し、初年度に取れる点数を見積もり、価格はそのあとで決める。

次に、採点項目を投資計画に置き換える。充電器も、整備人材も、災害協定も、お金と時間をかければ手に入る。しかも値下げより安くつくことが多い。値下げは一台売るたびに払い続けるが、整備体制は一度作れば済む。

そして、補助金の差額は予算の欄に書いておく。願望の欄に書くと、あとで困る。初年度の予算が半分超過する理由の一つがこれだ。価格を決めるときは自社の補助金も競合と同じだと仮定し、二年目になって、実際には競合の四分の一だったと知る。

ルールは公開されていて、誰も隠してはいない。ただ、入ってくる前に代わりに読んでおいてくれる親切な人も、あまりいない。


記事にするほどではない日々の気づきは、LinkedIn に書いています。LinkedIn をフォローする

日本市場での立ち上げについて、三言語で書いています。