組織と採用
理想の人が採れないとき、どの要件から緩めるか
業界経験は先に、判断力は最後まで
佐藤伸明約7分
求人票の必須要件は、書きやすいものから埋まっていく。日本語能力試験N1、同業界での経験五年、特定のツールの使用経験。数字や名前で書けるので、書いた側も安心できる。一方で、判断力や価値観は書きにくいので、最後に一行、ぼんやりと添えられる。応募が来ないまま三か月が過ぎて要件を緩めることになると、先に消えるのはたいてい、このぼんやりした一行のほうである。緩める順番が、ちょうど逆になっていることが多い。
要件は、どういう順番で緩めればよいのか
入社後に身につくまでの時間が短く、外れても傷が浅いものから緩める。入社後に身につかず、外れると傷が深いものは守る。判断の軸は、身につくまでの時間、そもそも身につくのか、外れたときの代償、の組み合わせである。
当たり前に聞こえるが、実際の採用ではこの逆がよく起きる。N1や業界経験は数字で書けるので、要件の中でいちばん固く書かれる。判断力や価値観は言葉にしにくいので、いちばん緩く書かれる。緩める段になると、緩く書かれたものから外れていく。外しても誰も気づかないからだ。固く書かれたものには、誰も手をつけない。
結果として、いちばん補いやすいものを守り、いちばん補えないものを手放すことになる。
これは四層モデルで見るとわかりやすい。人を内核、パターン、装備、環境の四層に分けると、入社後に育てられるとはっきり言えるのは装備の層だけで、内核はほとんど変わらず、パターンも変えにくい。業界経験、ツール、資格は装備の層にある。判断力はパターンの層、譲れない一線は内核の層にある。緩める順番は、外側の層から内側へ、と言い換えられる。
業界経験は、なぜ先に緩めてよいのか
入社後の働きぶりを予測する力が、思われているよりずっと弱く、しかも効いている期間が短いからだ。
Chad Van Iddekingeらが2019年にPersonnel Psychology誌に発表したメタ分析は、81の独立した標本を集め、入社前の職務経験が新しい会社での成果を予測するかを調べている。経験と職務成果の補正後の相関は0.06(44標本、11,785人)、研修成績とは0.11、離職とは0.00だった。いまの仕事に直接関係する経験に絞っても、関係は弱い。著者らは、経験にもとづく選考は将来の成果や離職をおおむね予測できない、と結論づけている。
例外が一つある。入社して間もない時期には、経験の予測力がいくらか高くなる。
この例外は、業界経験が何であるかをよく表している。最初の数か月を速くするもの、と考えるとわかりやすい。経験者は立ち上がりが早く、最初の四半期のつまずきが少ない。その時期を過ぎると、未経験の人が追いつき、差はなくなっていく。だから「同業界五年」は緩めてよく、その代わりに最初の数か月は手をかける必要がある。立ち上がりの計画を作り、教える人を一人決めておけば、たいていは割に合う。
ツールはもっと単純だ。特定のCRMや管理ツールが使えるかどうかは、入社後数週間で片づく。それを必須にすると、数週間の研修を省くために、合う人を門前払いすることになる。
日本語の要件は、何をふるい分けているのか
まず分けてみる必要がある。日本語の要件は、丸ごと緩めることも、丸ごと守ることもできない。
求人票には「N1必須」とよく書かれる。ところが日本語能力試験の公式サイトのよくある質問には、会話や作文の試験は今のところどちらもない、と書かれており、追加する予定も今のところないという。測っているのは読むことと聞くことである。N1は、複雑な日本語を読めて聞き取れることの証明にはなる。顧客の前で一つの案件を話してまとめられるかどうかは、証明の範囲の外にある。
私自身もつまずいたことがある。英語と日本語のできるITのプロジェクトマネージャーを探したとき、日本語はネイティブ水準で、という条件にこだわって半年探した。その一つを外したら、一か月で採れた。いま分けて見直すと、「日本語ネイティブ」で確かめたかったのは、日本の顧客と日本語で話を詰められるかどうかだった。それなら業務で通じる日本語で足り、書類はほかの人が手直しできる。業務の日本語は入社後も伸びる。ネイティブ水準というのは、想像の中の人に向けて書いた要件だったのだと思う。
分けてみると、日本語の要件は二つの段に分かれる。資格や書き言葉の段は、緩めてもよく、補うこともできるし、誰かと組んでもよい。顧客との交渉、要件の詰め、苦情への対応といった段は、この職位の中心にあり、身につけるには年単位かかる。緩めて外れれば、その代償は顧客の側に出る。こちらは守る。
ついでに言えば、複数の言語を話す人を通訳だけで終わらせてしまうのも、別のかたちの取りこぼしである。それは三言語を話す人を、通訳で終わらせないに書いた。
身につくのが早く外れても浅いものから緩め、身につかず外れると深いものは守る
採用要件を「入社後に身につくまでの時間」と「外れたときの代償」で並べたもの。区分は筆者の判断の枠組みで、四層モデルとVan Iddekingeら(2019)にもとづく
横:入社後に身につくまでの時間(左が短く右が長い) 縦:外れたときの代償(上が浅く下が深い)
先に緩める
ツールやシステム、業界用語。入社後数週間から数か月で身につき、外れても研修が少し延びるだけ。
歓迎要件に回す
学歴、JLPTの資格そのもの、第二外国語。身につけるには時間がかかるが、なくても職位は回る。
緩めて、立ち上がりを支える
同業界の年数、製品知識。経験と成果の相関は0.06で、効くのは主に最初の数か月。教える人を決める。
守る
判断力、譲れない一線、顧客と要件を詰められる段の日本語。入社後に育ちにくく、外れれば年収単位の損失になる。
装備の層から内側へ緩め、内核とパターンは守る。
身につかない要件を守るのは、なぜか
緩めたあとの代償を、入社後に少しずつ払い続けることになり、しかも埋め合わせる手段がないからである。
判断力は四層でいえばパターンの層にある。圧力のもとでどう決めるか、情報が足りないときにどちらへ倒れるか。入社後に教えるのは難しい。譲れない一線は内核の層で、ほとんど変わらない。本人の一線と、会社が実際に評価しているものが食い違っていれば、研修でその一線を動かすことはできない。
代償を数字で見ておく。一人雇うと、給与の何倍かかるかで書いたとおり、一人を雇う一年の総費用は年収の1.2倍から1.5倍になる(給与と法定の負担、初年度はそこに採用費が乗る)。年収800万円の職位なら初年度で一千万円前後で、採り違えればその一年分がほぼ消える。採り直しの数か月も、在籍中の誤った判断も、まだ数えていない。業界経験を緩めて余計にかかるのは数か月分の指導で、判断力を緩めて余計にかかるのはこの一千万円である。
二つを並べれば、どちらから緩めるかで迷うことはあまりないはずだ。
判断力と価値観は、求人票に書く言葉が曖昧なほど、面接では具体的に聞いたほうがよいと考えている。曖昧なまま置いておくと、最初に黙って消えるのがこの二つだからだ。
緩める順番は、求人を出す前に決めておく
採れないまま三か月が過ぎてから決めると、現場も人事も焦っていて、いちばん外しやすい要件が外される。外すべき要件とは限らない。
手順としては、要件ごとに四つのことを書いておく。二枚の地図の人材マップの部分で決めているやり方で、その要件が実際に何をふるい分けているか、どこまでなら譲れるか、身につくまでの時間、あと何年通用するか(年齢ではなく、何によって通用しなくなるかで書く)、の四つだ。書き終えると、順番はほぼ見えてくる。身につくまでの時間が短いものほど先に緩め、「身につかない」と書いたものが守る線になる。
もう一行、今回は求めないものも書いておく。書かないでおくと、外したはずの要件が数週間後に戻ってくる。面接官が履歴書を見て「同業の経験がないね」とつぶやきはじめる。
一つ要件を緩めると、探す範囲は一つ外側の円に広がる。同じ業界から、隣の業界へ。そこにいる人には、たいてい人材紹介会社からまだ電話がかかっていない。その人たちを迎えられるかどうかは、立ち上がりの計画を用意できるかどうかで決まる。用意できないなら、要件を緩めても、問題の置き場所が入社後に移るだけである。
出典(2026年11月時点)