組織と採用
クールビズ二十年:法律なしで職場の服装はどう変わったか
クールビズを組織行動として分解する
佐藤伸明約9分
2005年4月28日の環境大臣の記者会見に、一通の匿名の訴えが出てくる。政府主催の省エネ関係の会合にノーネクタイで行ったら、非常識だと叱られて左遷された。国や政府が変えてくれないと、したくてもできない。そういう内容だった。それから一か月あまりで、総理大臣と閣僚がネクタイと上着を外して執務を始め、二十年たったいま、夏のオフィスでネクタイをしている人のほうが少ない。法律は一本も変わっていない。一つの呼びかけがどうやって国中の服装を変えたのか、組織行動の問題として分解してみたい。会社の中で新しい決まりを通そうとして通らなかった経験のある人には、たぶん見覚えのある構造が出てくる。
2005年の夏に何が起きたか
順番はこうだ。4月25日、環境省は公募で集まった約3,000件のなかから「COOL BIZ」という愛称を選び、27日に発表した。28日の会見で小池百合子環境大臣が中身を定義する。ノーネクタイ、ノー上着。期間は6月初めから9月末。冷房は28℃に設定する。同じ会見で、閣僚懇談会の申合せも説明された。外国の賓客の接遇や表彰式などやむを得ない場合を除き、原則として軽装で執務して差し支えない、という文面である。総理は「これを着なさい」とは言わず、TPOを判断して着てほしいと述べたという。社会常識を逸脱しない節度を保つこと、という一文も入っていた。
6月1日に始まった。開始直前のAP通信の記事に、小泉純一郎総理の言葉が残っている。大臣がネクタイをしていれば部下は外しにくい。だから大臣はネクタイをすべきでない。総理自身は半袖シャツでノーネクタイの新聞広告に出た。同じ記事は、1979年の大平内閣の「省エネルック」と1994年の羽田内閣の試みが、どちらも定着しなかったことにも触れている。
つまり同じ発想は国内で二度試され、二度失敗している。2005年は三度目だった。
どれだけ変わったのか
知っている人は最初の夏からほぼ全員で、実際にやる人が追いつくのに二年かかった。内閣府が2007年6月から7月にかけて行った特別世論調査(個別面接、有効回答1,766人)には、2005年7月の調査との比較が載っている。クールビズを知っている人は76.6%から91.2%へ。実践している人は16.4%から46.6%へ。二年で三倍である。ただし内閣府は、2005年調査の質問文が今回と違うことを注記しているし、選択肢の言い方も「取り組んでいる」から「実践している」に変わっている。私は桁として読み、小数点以下は信じないことにしている。
環境省のほうはインターネット調査だ。2005年9月末に約1,200人に聞いたところ、95.8%が活動を知っていたが、職場の冷房設定が例年より高くなったと答えたのは、回答した562人のうち32.7%だった。2006年9月の調査では43.2%に上がっている。
企業側では、帝国データバンクの調査で2005年にクールビズを実施した企業が37.1%(第一生命経済研究所の2006年4月のレポートが引用)。同じレポートは2005年の関連市場を約920億円(日本リサーチ総研調べ)としている。APの記事には、もっと小さくて具体的な数字がある。2005年5月、日本橋三越の紳士シャツの売上が前年同月比で17%増えた。
知っている人はほぼ全員になったが、やる人が16%から47%になるのに二年かかった
内閣府特別世論調査、全国20歳以上、個別面接。2005年7月(有効回答1,626人)と2007年6月(同1,766人)。質問文は同一でないと内閣府が注記
- 2005年7月76.6%
- 2007年6月91.2%
- 2005年7月16.4%
- 2007年6月46.6%
知ることと、やることのあいだに二年ある。その二年を埋めたのは、手本と名前と例外と取引先だった。
CO2の数字には一言添えておく。環境省が2005年10月に発表した削減量は約46万トン、2006年は約114万トンだった。倍以上に見えるが、2006年に冷房設定1℃あたりの省エネ量の換算係数を年16.33kWhから30.24kWhに改めており、これだけで推計値が約1.85倍になる。どちらの年もアンケートからの推計で、実測ではない。発表資料にそう書いてある。環境効果を語る数字としては慎重に扱ったほうがいい。服装が変わった証拠としては十分だ。
なぜ1979年は定着せず、2005年は定着したのか
2005年は「一人だけやると損をする」問題を解いたからだ、と私は読んでいる。何を着て働くかは、要するに調整の問題である。取引先も同業も上司もネクタイをしているかぎり、最初に外した人が非常識に見える。冒頭の匿名の訴えが言っているのはそのことだ。小池大臣は会見で「赤信号みんなで渡れば、ではないですけれども」と前置きしてから、みんなで渡ろうと言った。言い方は軽いが、設計の芯はそこにある。分解すると、いくつかの手順になる。
先に名前をつける。公募で3,000件、そこから一つ選び、ロゴをつける。名前の働きは、人に言い訳を渡すことだ。取引先の応接室で「クールビズですので」と一言言えれば、自分でネクタイをしていない理由を説明しなくて済む。同じ格好でも、名前がなければ個人の無礼で、名前があれば公的な決まりへの準拠になる。
決まりより先に手本を見せる。閣僚懇の申合せが縛るのは公務員で、国家公務員は25万人ほどだ。民間まで届いたのは、総理と閣僚がネクタイをしていない写真と、「大臣がしていれば部下は外せない」という一言のほうだった。上の人間が正装していること自体が下への圧力になる、という因果を、上の人間が口に出した。
数字で書く。6月1日から9月30日、28℃。28という数も根拠がないわけではなく、政府広報オンラインの説明では、建築物衛生法施行令と事務所衛生基準規則が定める室温の範囲(当時17℃以上28℃以下、2022年4月からは18℃以上28℃以下)の上限にあたる。日付と温度があれば、各社の総務は「うちは該当するのか」を会議にかけずに済む。写せばいい。
例外を先に書く。賓客、式典、社会常識。初日に言ってある。例外を書いていない決まりは、最初の例外が出た日に死ぬ。
外から押す。百貨店とシャツメーカーが先に動いた。儲かるからだ。2011年、東日本大震災のあとの「スーパークールビズ」では期間を5月1日から10月31日に広げ、日本百貨店協会の86社242店舗が5月中旬から冷房を緩めた。市場が呼びかけの側につけば、個人はもう選ばなくていい。
毎年やり直す。環境省は毎年春に通知を出し、秋に数字を出した。一つの呼びかけが二十年もったのは、暦に決まった席があったからだと思う。
会社の中で新しい決まりが通らないとき
上の手順を裏返すと、会社でよく見る失敗になる。外資の日本法人でも、日本の会社の制度改定でも、形は同じだ。
上が自分でやらない。メールは英語で、と現地に求めながら、本社からは本国語で届く。定時で帰れと言う本人が、夜九時にチャットを飛ばす。小泉の一言を裏返せば、上がしないことを下はできない。
名前も数字もない。「これからは柔軟にやってほしい」という指示を、日本の社員は実行に移せない。いつから、どの程度、どの場面は別なのか、一つも決まっていないからだ。新拠点の決まりは、最初の三か月で定めなければ遅いに書いたとおり、決まりは壁に貼れる形まで書いてはじめて決まりになる。
取引先を計算に入れていない。社内で敬称をやめ、職位の段差を平らにしたとしても、営業は翌日、部長と課長のいる会社に行く。決まりは自社の玄関までしか効かず、その外は別の「場」である。「場」でまとまる日本人と、機能別マトリクスで書いた構造がここにも出る。人が従うのは自分の属する場の決まりで、新しい決まりがその場を覆っていなければ、効かない。
一度しか言わない。本社の制度を持ち込み、通達を一本出して、導入したことにする。立ち上げ期の日本法人を、本社の型で管理しないで書いたように、制度は現地で育つもので、育つというのは毎年誰かが言い直すということだ。
勘定も一つ。クールビズの実践率は二年で16%から47%になった。これは総理が先頭に立ち、百貨店が乗り、国を挙げてやった速さである。数十人の日本法人で新しい決まりを一つ通すのに半年かかっても、驚く理由はない。日本の社員が保守的だと結論を出すのは、そのあとでいい。
2021年以降、期間を決めなくなった
最後の一手がいちばん面白い。環境省の2022年4月の通知には、昨年同様、全国一律の実施期間は設けない、各地の気温や働き方に合わせて判断してほしい、とある。十数年押し続けたあとで、政府は暦を引っ込めた。もう要らなくなったからだ。ネクタイを外すことに、説明のための名前が必要なくなった。
制度のいちばん良い終わり方は、制度が退場したあとも行動が残ることだと思う。私が決まりの成否を判断するときの物差しもこれで、通達を剥がしても人が同じ動きをしていれば、成功だったと言える。
整理のつかない点が二つ残る。一つは28℃で、環境省の言い方は「室温の目安」だが、多くの職場では「設定温度」として運用されている。この二つは数度ずれる。二十年続いた呼びかけの、いちばん中心の数字がいまも読み違えられている。もう一つはCO2の削減量で、最初から最後までアンケートからの推計で、実測は見つけられなかった。だからこの記事は、服装を変えたとは言えても、どれだけ電気を節約したかは言えない。
出典(2026年10月時点)
- 環境省「『夏の新しいビジネススタイル』愛称発表」(2005年4月27日)
- 環境省 小池大臣記者会見録(2005年4月28日)
- 環境省「COOL BIZ ロゴマーク決定のお知らせ」(2005年5月16日)
- AP via NBC News, "Japanese dressing down to battle warming"(2005年6月)
- Ministry of the Environment, Results of COOL BIZ 2005(2005年10月28日)
- 環境省「本年度の『COOL BIZ』の成果について」(2006年11月10日)
- 内閣府「クールビズに関する特別世論調査」(2007年6〜7月調査)
- 第一生命経済研究所 永濱利廣「裾野広がる今年のクールビズ商戦」(2006年4月18日)
- 環境省「2011年クールビズについて(第二報)」(2011年5月13日)
- 環境省「令和4年度クールビズについて」(2022年4月22日)
- 政府広報オンライン「スーパークールビズ」(2011年6月)
- 厚生労働省「建築物環境衛生管理基準について」