組織と採用
等級は肩書ではない:最小の等級表を六段で作る
日本法人の最初の等級表
佐藤伸明約7分
仮の話をする。立ち上げて一年ほどの日本法人があって、社員十五人のうち部長が三人いるとしよう。採用のたびに、候補者が安心する肩書を一つずつ渡してきた結果である。作り話だが、思い当たる人は少なくないと思う。肩書は刷るのはただだが、取り上げるのは高くつく。小さな会社が最初の等級制度でやるべきことは、細かい設計より先に、等級と肩書を切り離しておくことだと思う。
等級と肩書は、それぞれ何を表すのか
等級は人を表し、肩書は席を表す。等級が答えるのは、この人がどれくらいの仕事を任せられるか、基本給をどのレンジに置くか。肩書が答えるのは、いまどの席に座り、社外に対して何を代表しているか。人事の世界でいう「役職と等級の分離」である。
分けておくと、実務がかなり楽になる。席を変えずに等級を上げられるし、等級を下げずに席を変えられる。部長の席がなくなっても、その人の等級と基本給は動かない。
分けていない会社では、組織を変えるたびに、給与の引き下げをめぐる話し合いが一回ずつ発生する。日本でこの話し合いを何度も重ねるのは、正直かなりつらい。
日本の会社はどの等級制度を使っているのか
どれも使われていて、併用も多い。労務行政研究所の「人事労務諸制度実施状況調査」(2026年、5,467社に調査票を送り、うち上場企業3,764社、回答298社)によると、導入率は職能資格制度53.7%、役割等級制度46.6%、職務等級制度35.9%だった。職務等級制度は2013年の12.6%から伸びている。足し上げると100%を超えるので、一般社員は職能資格、管理職は役割等級、といった組み合わせが少なくないと読める。
ごく大づかみにいえば、職能資格は人の能力に、役割等級は担う役割の大きさに、職務等級は職務そのものに等級を付ける。職能資格は下がりにくく、長く運用すると年功に寄りやすい。職務等級は、先に職務記述書がそろっていないと動かない。
政府は一つの型を押し付けてはいない。内閣官房・経済産業省・厚生労働省が2024年8月28日に公表した「ジョブ型人事指針」は20社の事例を集め、各社が自社のスタイルに合った導入方法を検討できることが大切だ、と書いている。そのなかで富士通は、従来の等級は「コンピテンシー」、いわゆる職能に近い考え方で区分していたが、新しい等級は職務の責任の重さで決める、と説明している。富士通は新卒の初任給も学歴で決めるのをやめた(別稿)。「ジョブ型」を名乗る会社のうち実際にどこまでやっているかは、こちらで数えた。
社員十人、二十人の日本法人が、このどれかをそのまま持ち込むのはおすすめしない。職能資格は年功化しやすく、職務等級は職務記述書を書いて保守する体力が要る。私が勧めるのは、等級・手当・賞与を分けて決めるやり方だ。等級は人だけを表し、席の責任は手当で払い、賞与はその期の結果だけを見る。
使える最小の等級表は、どんな形か
六段で足りる。各段は三つの軸だけで書く。どれくらいの仕事を担えるか、判断がどこまで届くか、どれくらい指示なしで進められるか。部下の人数、予算、決裁権は入れない。それは席の側の話である。
等級は人が担える仕事の大きさだけを書き、肩書は席に付け、最初の版では上の二段を空けておく
社員二、三十人規模の日本法人の最初の等級表(例)。各段を担える仕事、判断の届く範囲、自律の度合いで定義し、部下数・予算・決裁権は含めない。当サイトの「等級・手当・賞与を分けて決める」による
- G1はじめの段定義のはっきりした仕事をこなす。やり方は他の人が決め、随時の指導が要る
- G2ひとり立ち担当業務の定常の仕事を自分で完結させ、例外は誰に聞けばよいか分かっている
- G3一領域を任せられる一つの領域を見張りなしで任せられ、同じチームの人が本人のやり方を使い始める
- G4チームをまたぐ答えのない問題を解き、複数のチームが本人の判断を採用する
- G5法人全体判断が日本法人全体の結果を左右する。最初の版では空けておくか、一、二人まで
- G6グループ全体判断が本社や業界のやり方に影響する。最初の版では空けておく
肩書は渡すことも外すこともできる。等級は一度渡したら約束になる。
なぜ上の二段を空けておくのか。最初の数人に付けた等級が、そのあと入るすべての人の物差しになるからだ。三人目の社員をG6に置くと、会社が五十人になって本当に一つの事業を背負える人が来たとき、渡す段が残っていない。日本の社員は社内の釣り合いをよく見ている。上が詰まると、あとは別の制度を作るしかなくなる。
各段の説明は、証拠を出せる形で書く。「この半年で、誰があなたの決めたやり方を使ったか」のように。「コミュニケーション能力が高い」「リーダーシップがある」と書くと、評価会議はやはり印象の勝負になる(そして声の大きい人が勝つ)。
課長の名刺は、管理監督者の証明にはならない
肩書は残業代とつながっている。ここは海外から来た経営者がつまずきやすい。労働基準法第41条第2号の「管理監督者」は、労働時間、休憩、休日の規定の適用を受けない。そのため、課長や部長の肩書を付ければ残業代を払わなくてよい、と考える人が出てくる。
厚生労働省のパンフレットは、管理監督者に当たるかどうかは、職務内容、責任と権限、勤務態様などの実態で判断するとしている。肩書や職位で決まるものでもない。「課長」「リーダー」の肩書があっても、裁量がほとんどなく、何ごとも上の判断を仰ぐなら当たらない。管理監督者であっても、深夜(22時から翌5時)の割増賃金と年次有給休暇は一般の労働者と同じだ。2008年に多店舗展開の小売・飲食の店長について出された通達も、職務内容、責任と権限、勤務態様、賃金等の待遇の実態を踏まえて判断すべきだとしている。
名刺の「部長」は、数年後にまとめて請求される残業代を防いでくれない。残業代がどのように積み上がって後から来るかは、賃金不払の記事に書いた。等級と肩書を分けておくと、少なくとも一つの問いに向き合わされる。この人は本当に管理しているのか、名刺の上で管理しているだけなのか。
最初の版は、どこで手を止めるか
六段の表と、各段に数行の説明。ここまでで使い始めてよい。一年目から号俸を作ったり、G3-1、G3-2と刻んだり、等級と給与の精密な対応表を作ったりするのはやめておく。社員二十人のデータでは、その精度を支えきれない。
面接で十分に見きれなかった人には、暫定の等級を付け、入社後90日の時点で実際に起きた出来事を証拠に確かめる。日本法人をゼロから立ち上げる順番では、制度は最後に来る。等級表も同じで、最初の何人かが実際に席で働いてみて、ようやく書き方が合っているかどうかが分かる。
二版目に手を入れる目安になる兆候が一つある。同じ等級の二人を、周りが明らかに別の水準だと感じている状態だ。一度なら格付けの誤りで済む。何度も起きるなら、表の言葉がぼやけている。
本稿は一般的な情報の提供を目的としたもので、法的助言ではない。管理監督者の該当性、残業代の計算、等級や役職の変更にともなう労働条件の変更については、社会保険労務士や弁護士に相談してほしい。本文の等級表は例である。数字は掲げた公表資料によるもので、2026年11月時点のものである。
出典(2026年11月時点)