佐藤伸明 Nobu Sato

退職理由、アンケートの答えと本音はなぜ合わないのか

四層モデルの図:内核・模式・装備・状況

人事の仕事を長くしてきて、退職面談はおそらく数百回やった。アンケートの理由欄に書かれているのは、ほとんど同じ種類の言葉だ。家庭の事情、別の業界に挑戦したい、もっと大きな環境で働きたい。

嘘ではない。ただ、本当でもない。

まず数字を並べる

厚生労働省は毎年「雇用動向調査」で、転職した人に前の会社を辞めた理由を聞いている。2024年の調査では、男性で一位は「その他の個人的理由」で20.2%、女性も同じで24.3%。収入が少なかったは男性で10.1%、職場の人間関係は男性9.0%、女性11.7%だった。

「その他の個人的理由」とは何か。調査はそこを追わない。何でも入る箱である。

退職者の調査を専門にする会社が2026年の初めに、一年以内に退職した574人に聞いた。88%が、会社に伝えなかった本音の退職理由があると答えた。会社に伝えた理由の一位は「家庭の事情」で48%。それを本音として挙げた人は13%。35ポイントの差がある。

つまり退職アンケートが集計しているのは、主に、口に出していちばん安全だと思われた理由のほうだ。

家庭の事情48% 会社に伝えた13% 本音別の業界に挑戦したい40% 会社に伝えた18% 本音退職者の88%に、会社に伝えなかった本音の理由がある

Fig.12026年3月、n=574、一年以内に退職した20〜59歳。伝えた理由と本音の間に35ポイントの差がある。

なぜ合わないのか:聞いている層と、辞める層が違う

私は人を見るとき、四つの層に分けて考えている。いちばん内側が内核で、何を求め、何を絶対にしないか。二層目が模式で、強い圧力のもとで何に変わるか。三層目が装備で、スキルや経験や経歴といった、育てられる部分。いちばん外側が状況で、この会社、この上司、このチームと組み合わさったとき、噛み合うのか、すり減るのか。

退職アンケートが聞いているのは、外側の二層で答えられることだ。待遇、仕事内容、労働時間、家庭。どれも紙に書けて、誰も傷つけない理由になる。

人が本当に辞める理由は、たいてい内側の二層か、状況の層のなかでいちばん言いにくい一点にある。

状況装備模式内核内核何を求め、何を絶対にしないか本当に辞める理由模式圧力のもとで何に変わるか本当に辞める理由装備スキル・経験・経歴アンケートで聞けること状況この上司・このチームとの組み合わせ聞けること、上司を除いて

Fig.2四層モデル。アンケートが聞くのは外側二層のうち誰も傷つけない部分で、人が辞める理由は内側二層か、状況の層でいちばん言いにくい一点にある。

内核の層で辞めるとは、その仕事が本人の上位二つの欲求を満たせないということだ。自分で決めたい人が、何をするにも上の承認が要る席に座っている。一つのことを極めたい人が、毎日火消しに呼ばれる。その人はアンケートに「自分の動機が満たされなかった」とは書かない。「別の業界に挑戦したい」と書く。

模式の層はもっと見えにくい。順調なときは上司も本人も普通で、会社が苦しくなると上司は統制を強め、何でも自分で見るようになり、本人の回避の型が動き出して、連絡が途切れる。二人の圧力下の型がぶつかった。アンケートには何と書くか。「家庭の事情」と書く。

状況の層はいちばん多く、いちばん書きにくい。直属の上司と合わない。口にすれば代償がある。上司は会社に残るし、本人はこの業界でこれからも働く。だから88%は言わない。

なぜお金が一位にならないのか

厚生労働省の数字で、収入が少なかったは一割ほど。退職者自身の本音の順位でも、お金は一位ではない。

私の経験とも一致する。退職を申し出たエンジニアに会社が50%の昇給を提示し、彼は「もっと早く言ってほしかった」とだけ言って辞めた話を以前書いた(「50%の昇給を提示しても、彼は辞めた」)。お金は装備の層にある。しばらく様子を見てもらうことはできるが、内核の層の欠落は埋められない。内核の層ですでに離れた人にとって、昇給は退職日を数か月先に延ばすだけだ。

逆も成り立つ。十分に払っているのに辞められると、経営者はつい「最近の若い人は満足を知らない」と結論づける。本当に問うべきなのは、別の層の問題だ。

退職面談ではどう聞くか

「なぜ辞めるのか」はあまり聞かない。その答えはもうアンケートに書いてあり、聞き直せば、より丁寧な版が返ってくるだけだ。

私が聞くのは出来事である。最後に決心した日に、何があったか。答えはほぼ必ず具体的な場面になる。会議での一言、却下された提案、守られなかった約束。出来事は理由より正直で、「家庭の事情」に包装し直すことができない。

よく覚えている面談がある。アンケートには家庭の事情と書かれていた。最後の日に何があったかを聞くと、少し黙ったあと、上司との衝突の話になった。さかのぼると同じ衝突は何度か起きていて、そのたびに耐え、その日は耐えなかった。本当の理由は状況の層にあり、家庭とは関係がなかった。書かなかったのは、その上司がまだ会社にいたからだ。

そのうえで、その出来事を四つの層に戻して読む。あの一言が触れたのは本人の動機なのか、上司との型の衝突なのか、単に状況が合わなかったのか。どの層かによって、会社が直すべきものは変わる。内核の層での離職は、採用の時点で間違っていたということで、直すのは採用だ。模式の層での離職は、その上司が圧力のもとでどうなるかを見る必要があり、たいてい制度ではなく一人の人の問題になる。状況の層での離職は、チームを変えるだけで解けることもある。

もう一つ、本人の過去三回の転職の本当の理由を並べて見る方法がある。口で言うことと足で投じた票は、長く並べると辻褄が合ってくる。三回とも上司が理由で辞めた人と、三回とも昇給のために動いた人とでは、今回の理由もおそらく同じ線の上にある。面接で証拠を集めるときと同じやり方だ。

日本には本音と建前の層がもう一つある

この話は日本では他所より難しい。本音と建前はもともと別の言葉だからだ。退職面談で語られるのは、既定で建前である。リファレンスチェックについて書いたときにも触れたが、推薦者が電話口で「もう一緒に働きたくない」とは言わないのと同じ理屈だ。

だから日本の退職面談で本音が聞けると期待しないほうがいい。できるのは出来事を聞いて、層は自分で読むことだ。

まだ答えが出ていないこと

本当の理由がわかっても、会社に直せることは実は多くない。状況の層と装備の層の問題は直しやすい。内核と模式の層の問題は、直す対象が制度ではなく人になる。圧力のもとで統制を強める上司に対して、人事にできることは限られている。退職面談をどれだけうまくやっても、本当の理由が誰も読まない報告書に記録されるだけなら、アンケートの「家庭の事情」と変わらない。

最後に会社を辞めたとき、会社に伝えた理由と本当の理由は、同じだっただろうか。


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