数字で見る日本:分母から読む統計

本社の資料に「日本の新卒は3年で3割辞める」「日本人の平均勤続は12年」と一行だけ書かれ、そこから採用計画が組まれていることがある。数字そのものは間違っていない(こういう一行に限って、なぜか会議でいちばん長生きする)。抜け落ちているのは、誰を数えた数字なのかという一点だ。このコラムは、日本で人を雇い、売り、組織をつくる立場の人が、公的統計や調査を判断に使えるように読み直したものである。
日本の数字は、分母と範囲を確かめてからでないと比べられない。大卒就職率98%の分母は就職を希望した人だけで、卒業者全体で見れば就職したのは77%だ。平均勤続12.4年は平均値で、中央値にすると5〜9年になる。
その数字は、誰を数えているのか
同じテーマでも、誰に聞き、どこまでを範囲にしたかで数字は何倍も開く。研究の数字も例外ではない。心理学の研究100本を追試したところ、有意な結果は97%から36%に減った。
- 大卒就職率98%の分母:分母は卒業者の75.6%にあたる就職希望者だけだ。外資系企業が競っている相手が、個々の会社より新卒採用の仕組みそのものである理由にも触れた。
- 日本人は一社に何年いるか:日本の12.4年は平均値、米国の3.9年は中央値なので、並べても比較にならない。人材マップで声をかける順番を勤続年数の帯で決める方法も書いた。
- 残業は月13時間か、21時間か:公式統計では正社員の残業は月13.2時間、働く人に聞くと20.6時間になる。不払いの残業を16.9時間と申告する調査まであり、違いは誰が報告し、誰が数えられたかにある。
- 退職代行の利用率は2%か、5割か:調査によって2%から48.7%まで開くのは、聞いた相手が違うからだ。利用者が挙げる理由は、どれも職場を指している。
- 女性管理職比率は一つではない:日立製作所の2025年度の有価証券報告書には、17.4%、22.7%、8.9%、6.8%の比率が並ぶ。どれも正しく、範囲が違うだけなので、比べる前に範囲をそろえる。
- 「どちらともいえない」は、答えになっている:日本の従業員調査では、項目の半分が中立どまりになる。中間に寄るのは立場を求められる設問に限られ、そこでの中立は実質的に否定の意味を持つ。
- 管理職が引用する心理学実験、再現は36%:スタンフォード監獄実験やマシュマロ・テストがいまどう評価されているかと、人事が研究を引用する前に確かめることをまとめた。
- 「スーパーチキン」実験を論文の数字で読み直す:ケージ全体の成績で選んだ鶏の群れは、年間死亡率が68%から8.8%に下がった(Muir 1996)。TEDで広まった話とのずれも確かめた。
- 監視を増やすと成果は上がるか:2.3万人の答え:94のサンプル、23,461人を統合した研究(Ravid et al., 2023)では、監視と成果の相関はほぼゼロで、ストレスは上がっていた。
- 兵馬俑の指紋79個:名前の刻まれない働き手:36体に残った79の指紋から、成人男性45%、女性33%、子ども22%と推定した2026年の研究がある。何を測った研究なのかを確かめたうえで、仕事の功績が誰に帰されるのかを考えた。
日本の人は、本当に動いているのか
動きたい人は増えたが、実際に動く人はそれほど増えていない。2025年の労働力調査で転職を希望した人は1,023万人と2013年以降で最多だったが、実際に転職したのは330万人だった。
- 日本の転職率は、三十年で二ポイントしか動いていない:男性の転職率は1990年の3.0%から2022年の3.8%へ。45〜54歳の男性は一度も2.6%を超えていない。
- 転職したい1,023万人、実際に動いた330万人:希望者の65%は、仕事を探してさえいない。
- 「3年3割」を分解する:新卒の約3割が3年以内に辞めるが、離職は毎年ほぼ同じペースで起きている。差が大きいのは業種と会社の規模のほうだ。
- 日本の労働市場レポート 2026:失業率2.5%、5%を超える賃上げ、9,835億円の人材紹介市場、9.9兆円の派遣市場、257万人の外国人労働者、そしてAIによる採用の変化を一本にまとめた。
- 退職代行、主要業者の4社に1社が止まった:帝国データバンクによれば、主要52社の26.9%が一年以内に事業を止めた可能性がある。一方で、代行経由の退職を受けた会社は8.7%に増えた。
- 管理職の3人に1人は「想定外」の理由で降りている:パーソルの2026年の調査で、元管理職の35.3%が想定外の理由で役職を降り、その81.0%は組織再編のあとだった。役職をつくるときに降り方まで設計しておく話である。
人はどこに、どんな形でいるのか
求人倍率は全国の平均だけ見ても使い道が少ない。全体は1.18倍でも、建設は8.25倍、ITは1.33倍、事務は0.29倍と、職種によって桁が変わる。
- 有効求人倍率は、職種で見ないと意味がない:警備6.99倍、介護3.89倍、営業2.05倍も含めて職種別に並べた。採用計画はこの表から始めたい。
- 東京と地方、求人倍率の差:東京の求人倍率は受理地ベースで全国最高の1.70倍、就業地ベースでは1.07倍だ。地方に拠点を置くなら、就業地の数字で比べる。
- 日本で働く外国人257万人は、どこに、どの資格でいるのか:2008年の5倍に増えた。最多はベトナムの60.6万人で、中国は43.2万人ながら、ホワイトカラーの在留資格ではいまも一位にある。
- 日本人の英語力はどの程度か:EFの英語力指数では96位だが、TOEIC受験者の4分の1は745点以上を取る。どちらも職場の英語を測ってはいないので、どの言語を必須にするかを先に決める。
- 日本で LinkedIn は役に立つのか:2022年の日本の会員数は300万人で、労働力7,000万人の約4%にあたる。小さいが、外資系企業、テック、バイリンガルの職種では密度が高い。
- 100歳以上が10万人超:70代で働くのは普通になるか:100歳以上は107,677人。2025年には70〜74歳の36.2%が働いていたが、多くはパートか自営で、男性の健康寿命は72.57歳にとどまる。
- M字は消え、L字が残った:女性の就業率のM字の谷はほぼ消えた。それでも正規雇用の割合は、25〜29歳の62.8%から40代では約40%まで下がる。
給与と人件費は、どう見積もればいいのか
日本の平均給与は1949年の11.1万円から1997年の467万円まで伸び、そのあと三十年ほぼ横ばいだ。実質賃金のピークは1992年にある。人を一人雇う費用は、給与の1.2倍から1.5倍で見ておく。
- 日本の賃金:四十倍に伸びて、三十年止まった:戦後の伸びと長い停滞を並べ、給与を決める側にとっての意味を考えた。
- 「ジョブ型」を名乗る会社の実態:管理職に役割給や職務給があると答えた会社は78.5%。ジョブ型の人事制度を導入済みか予定の会社は26.4%で、そのうち全社員が対象なのは2.4%しかない。見分けるための問いも載せた。
- 一人雇うと、給与の何倍かかるか:年収600万円の人なら、会社負担は二年目以降で年約710万円、エージェント経由の一年目で約920万円になる。
- 労働審判、年3,400件の読み方:年に約3,400件、その半分が解雇をめぐる争いだ。日本IBMのロックアウト解雇の事例と、一件の紛争に実際にかかる費用から、雇う側にとっての意味を読んだ。
売る相手の市場は、数字からどこまで見えるのか
日本の会社の大半は中小企業で、しかも財務がほとんど公開されていない。大企業は約1万社、小規模企業は285万社あり、2022年に官報で決算を公告した会社は1.8%だった。誰に売るかを決め、見えないところは見えないと書いておくところから始まる。
- 企業の九割九分が中小企業。誰に売るかを先に決める:どの層に売るかで販路が決まる。層を選んでから、一社あたりの獲得コストを見積もる。
- 社長の平均年齢は六十歳超。売る側にとって何を意味するか:社長の平均は60.8歳で、半数の会社に後継者がいない。高齢化を、誰が何を基準に決めるかという意思決定の経路の問題として読み、事業承継の時期を商機と見る。
- 百年企業が最も多い国で、新規参入者はなぜ顧客を動かせないのか:世界の百年企業の半分が日本にある。販路と顧客との関係を老舗が握っているので、正面から争うより、その関係を借りる道を探す。
- 八割の企業がクラウドを使っている。何に使っているのか:利用率は8割を超えるが、7割はファイルの保管にとどまり、業務システムでの利用はかろうじて半分を超える程度だ。持ち込む製品は、市場が吸収できるものから選ぶ。
- 良い市場、入りにくい市場:対日直接投資はどれほど低いか:対日直接投資の残高はGDPの5〜9%で、G7で最も低い。かかるのは時間と信頼で、最初の一歩は登記より地図になる。
- 日本の会社の財務は、ほとんど見えない:決算公告は義務なのに、実際に官報で公告する会社はごく一部だ。空白は「未開示」と書き、合法に使える代わりの指標で補う。
- 有価証券報告書の人的資本開示を、どう読むか:2023年から、女性管理職比率、男性の育休取得率、男女の賃金差が載るようになった。年齢、勤続、給与と合わせて六つの数字を並べると、会社の輪郭が見えてくる。
会議の資料に数字を引く前に
私が毎回確かめているのは、誰を数えたのか、いつの数字か、範囲はどこまでか、の順番だ。地味な確認だが、ここを飛ばすと、たいてい後で同じ数字の話に呼び戻される。記事にある数字は書いた時点のもので、調査が更新されれば動く。資料に引くときは、記事から元の統計に一度戻ってもらえるとありがたい。
出典と日付の付け方は用語集の「主張と事実」に書いた。数字を使った判断の続きは、立ち上げの実務と組織と採用で扱っている。
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